酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

没後150年を迎えた坂本龍馬の生まれ育った高知でその足跡を見て回る

 高知の旅の続きです。四万十川ドライブと時間的には前後してしまうのですが、高知と言えば当然見ておかないといけないところが四万十川以外にもあります。

 今から約150年前のこと、1867年(慶応3年)の暮れに大政奉還が行われ、翌1868年(慶応4年)には王政復古し、夏から秋にかけては戊辰戦争が起こるなど、この数年はいわゆる「幕末」と言われる時代のクライマックスを迎えました。さらに1868年の途中では元号が慶応から明治に改元され、いわゆる明治維新が完成した年なので、今年は「明治維新150年」などと言われているわけです。

 その明治維新については色々な物語があり、様々な人物伝が語られているわけですが、中でも一番人気と言っても良いのが土佐出身の「坂本龍馬」ではないかと思います。司馬遼太郎氏が書いた「竜馬がゆく」は特に有名ですが、それ以外にもいろいろな作家が書き、映画にもドラマにもなってきた幕末期の伝説的な人物です。

 しかしながら、私は読んできた本が偏っていたせいか、司馬遼太郎氏とは反対に、いわゆる「反薩長史観」と言われる考え方に共感してします。その流れで「坂本龍馬」という人物についても、世間の人気とは反対に、非常に穿った見方をずっとしていました。その辺の詳しい話はさておくとしても、どんな立場から見たとしても、幕末物語のなかで欠くことができない人物であることに変わりはありません。

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 彼が活躍したのは土佐藩を出てからのことですが、その故郷である土佐、現在の高知にはいろいろと坂本龍馬が幼少期を過ごした足跡が残っているはずです。高知へ行くからにはそれを見てこないわけにはいきません。

桂浜

 高知で坂本龍馬に関する観光名所と言えば、何はなくとも桂浜です。太平洋に向かって立つ巨大な坂本龍馬の立像はあまりにも有名です。高知空港に到着し、レンタカーを借りて真っ先に桂浜に向かいました。空港から海沿いの県道をゆっくりドライブしてわずか30分ほどの道のりです。

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 駐車場前にはお土産屋さんがこんな感じで立ち並んでいて、この雰囲気にはちょっと昭和を感じますが、落ち着いていて良い雰囲気。見ての通りあまり混雑もしておらず、最近話題になるオーバーツーリズムとも無関係そうです。

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 「浜」と言うからには開けたところかと思っていたのですが、坂本龍馬像はちょっとした岩山の上に立っていました。周囲は鬱蒼とした松の木に覆われていて、階段を登っていくとまず最初に背中が見えます。

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 で、正面に回り込んでみました。思ったよりもずっと大きい! そして土台がかなり高いです。お〜、これがあの有名な坂本龍馬像か! としばしポカーンと口を開けて見上げていました。

 普通はこうして下から見上げるだけしか出来ないわけですが、私が訪れた時はちょうど「龍馬に大接近」と題して、胴像の真横に仮設の櫓が組まれていました。100円払えば階段を登って坂本龍馬の顔の高さまで上がれるとのこと。せっかくですから行ってみましょう。めったに見られない景色が見えるはず!

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 ほら!こんな感じです。時間的に逆行気味ですが、目線の高さに坂本龍馬の顔があります。

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 下から見るとあんなに高かった像ですが、この展望台からは見下ろす形になりました。

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 なるほど、草履や下駄ではなくブーツを履いてるのがよく分かります。この銅像は有名な写真をモチーフにしているわけですが、下からでは見にくい部分もよく見ることができました。

 この仮設展望台は9月下旬から始まっていたようですが、残念ながら先の三連休で終了となりました。景観的にはない方が良いのですが、仮設ですからこういう企画もなかなか面白いですね。

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 坂本龍馬が見ている方向にはちゃんと浜辺があります。これこそが桂浜です。

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 桂浜の坂本龍馬像があるのとは反対側には竜王宮と呼ばれる海津見神社の社が建っています。今回は遠くから眺めておくだけにしました。

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 坂本龍馬像の下では高知名物のアイスクリンを売ってる屋台が出ていました。修学旅行できているらしい学生達が買っていましたが、天気が良いとは言えちょっと寒かったので、おじさんはお腹を壊さないように遠慮しておきました。


県立坂本龍馬記念館

 桂浜がある岬はちょっとした山になっているのですが、その頂上部には高知県立の坂本龍馬記念館なる施設があります。坂本龍馬に関する資料が展示された博物館です。銅像を見たら必ず見ていくべき場所です。

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 この超モダンな建物が坂本龍馬記念館です。開館したのは1991年だそうですが、新館が増築され新装オープンしたのは今年のことだそうです。多分この写真に写っているのは新館だと思われます。何しろピカピカですから。

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 内部は博物館らしくこんな感じ。フラッシュは禁止されているものの、写真撮影自体は禁止されていないようです。とは言え、あまりバシャバシャ撮るものではないですが。

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 こんなものがありました。非常に有名な坂本龍馬の写真です。羽織袴姿にブーツを履き、右手を懐に刺したこの姿は、先ほど見てきた桂浜の銅像のモデルにもなっている一枚。本物か!と一瞬興奮しましたが、展示されているのは一応複製だそうです。まー、そうですよね。でも実物のガラス湿板はこんな感じなのかー、と見入ってしまいました。

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 展示品の多くは、龍馬が姉の乙女に宛てた手紙です。逆に言うと、坂本龍馬に関して現存する「物」はそれ以外に無いのではないかと思います。しかし姉に宛てた数々の手紙に書かれたことは、それこそ龍馬がどんな人物で、いつどこで何を考えて行動していたかを決定づける、貴重な史料でもあります。刀が一本残っているよりも、何倍も価値のあることでしょう。

 この手紙は、これまた有名な「日本を今一度せんたくいたし申候事」という一節が書かれています(写真の中程)。文久三年(1863年)に書かれたものですから、彼が本格的に活躍し始める少し前の物です。

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 このピストルは、坂本龍馬がいつも懐に持っていたもの... だとすごいのですが、そうではありません。上に書いたとおり手紙以外の縁の物は、ほとんど残っていないのです。このピストルは坂本龍馬が持っていたのと同時期に製造された同型の物だそうです。

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 新館の方に行くとこんなお座敷がありました。真新しく綺麗な座敷に見えますが、これは坂本龍馬が中岡慎太郎、山田藤吉とともに暗殺された京都の近江屋二階の奥座敷を再現したものです。天井の低さが目につきますが、よくこんな場所で刀がを振り回した物です。この部屋にあって血しぶきが付いた掛け軸や屏風は、国の重要文化財に指定され、京都の国立博物館に保存されているそうです。

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 さて、坂本龍馬記念館は高台にあって、眼下には太平洋が見通せます。これは素晴らしい展望スポットです。

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 と思ったら、ガラス張りの展望フロアだけじゃなくて屋上が開放されていました。坂本龍馬像のある桂浜の裏手にあたる花街道方面です。高知の弓なりな海岸線がずーっと向こうまで見えていて、もしかしたら一番遠くにかすかに見えるのは足摺岬ではないかと思っているのですが、真相は分かりません。地球は丸いのでもしかしたら物理的に見えるはずはなくて、興津あたりなのかも。

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 真南を向けばどこまでも青い海と空。坂本龍馬もこんな海を見ていたんですかね。そりゃ、船に乗って漕ぎ出してみたくなる気持ちも分かります。


市立龍馬の生まれたまち記念館

 さて、次にやってきたのは高知市内にある「龍馬の生まれたまち記念館」です。こちらは市立の施設で、やはり坂本龍馬に関する様々な展示があるのですが、どちらかと言うと、土佐出る前の幼少期にどんな生活をしていたのか?に焦点が当てられています。

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 高知市街の上町という地域に記念館はあります。この一帯は古くからの城下町で、坂本家やその本家である才谷家があったあたりです。お城の南西に位置するこの一帯はどちらかと言うと下級武士達の住んでいた町だそうです。記念館の建物は和風で洒落た造り。県立の博物館ほどではないですが、結構大きいです。

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 記念館の目の前の道路はこんな水路が残っています。これはそれこそ坂本龍馬がいた時代からずっとこの本庁から水通町に流れていたものです。埋められたり蓋をしたりすることなく、よく残っているものですね。

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 展示物はまー、これと言って珍しい「史料」があるわけではありません。しかし、幕末期の城下町の様子や、坂本龍馬の幼少期と土佐城下における人間関係、実家坂本家と才谷家の様子などが、回折されていて思ったより長い時間を過ごしてしまいました。

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 入り口や廊下の過度など、とそこかしこに例の銅像のレプリカがおいてあったりします。

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 銅像にもなっている有名な立っている写真の他に、坂本龍馬の写真は5枚ほど残っているそうです。その中でも暗殺される直前に撮られたと推定される、座って前に手祖組んでいる写真から再現された実物大相当の座像が中庭にありました。横が空いていてつまりは記念写真を撮るためのコーナーだそうです。

 ということで遠慮無く横に座らせてもらって写真を撮ってきました。(特に顔を隠す意味はありませんが、なんか恥ずかしいのでモザイクかけています)

 ちなみに左に仁王立ちしている女性は姉の乙女さん、右に座っているのは龍馬のご近所に住んでいた菓子屋の息子で幼なじみの近藤長次郎です。

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 内部にはこんなお座敷がありました。想像上の坂本家の様子だそうです。

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 このお座敷は展示物と言うよりは、休憩所的な感じになっているので、自由に上がって良いそうです。ということで、失礼して真横から写真を撮らせてもらいました。座卓の上には自由に書込が出来るノートが置いてありました。なるほど、こういうの良くありますよね。

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 ということで、坂本龍馬ゆかりの何かすごいものがあるわけではありませんが、上町というロケーション含め、龍馬ファンなら一度は訪れたい記念館ではないかと思います。

 なお、この垂れ幕にあるとおり11月15日は坂本龍馬の誕生日です。1835年生まれと言うことですから183年前のことです。そして暗殺されたのは冒頭に書いた通り1867年の11月15日のことでした。つまり彼は31歳(現代の年齢の数え方で)の誕生日に亡くなったことになります。


坂本龍馬生誕の地

 さて、この上町周辺には水路以外に当時のまま残る建物などはないのですが、才谷家や近藤家などなど、龍馬縁の人々のいた場所が点在しています。

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 本当に好きな人はこの一角を歩き回るだけで、かなり楽しめるのでは無いかと思います。

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 そんな中で実際の坂本家の跡地はどうなっているかというと、今は病院とホテルが建っています。特に路面電車の走る大通りに面した病院の角には、一応碑が立っています。

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 今から約50年前、明治維新100年を記念して、当時の内閣総理大臣 吉田茂氏の筆による「坂本龍馬先生誕生地」という石碑です。吉田茂は高知の出身ですから、特に坂本龍馬には地元出身の幕末のヒーローとして思い入れがあったことでしょう。

 ということで、高知市周辺で坂本龍馬にまつわる基本3スポットを巡ってきました。他にももっと通な見所はあるのですが、それはもっと幕末と坂本龍馬という人について、いろいろ勉強して空にしたいと思います。何となく大河ドラマは見た、という程度でもこの3カ所は十分に楽しめると思います。

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 なお、今回の旅で借りたレンタカーはホンダのフィット ハイブリッドでした。ビックリするくらい燃費良かったです。そして乗り味はまぁまぁでした(A^^;

 高知の旅はまだもう1回だけ続きます。

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