全21戦にもわたる長い長いF1シーズンもようやく終わりを迎えました。最終戦の舞台は中東はアブダビのヤス・マリーナ・サーキット。オイルマネーで潤う砂漠の巨大なリゾートには、ヨーロッパから比較的近いこともあって、世界中のセレブが集い、一際華やかな雰囲気で行われるレースです。それはF1的な”見栄”の一面でもあり、同時に”金持ちの道楽”という意味では、根底にある真の姿でもあるのかもしれません。
さて、2年ぶりに最終戦までもつれ込んだチャンピオン争いの行方がこのレースの最大の見所です。ロズベルグが12ポイントのリードという圧倒的優位で迎えたわけですが、過去には最終戦で大逆転が起きたことは珍しくないですし、ロズベルグはプレッシャーに弱いので、何が起こるかはわかりません。
Nico Rosberg / Mercedes F1 W07 Hybrid / 2016年 日本GP
夕暮れにスタートし、レース中に日没を迎え、チェッカーはすっかり暗くなってから振られるという、砂漠のトワイライトレースは、チャンピオンを決する舞台として不足はありません。
「ルイスは驚異的なベンチマークだ。彼からチャンピオンを奪い取った」 ニコ・ロズベルグ
ロズベルグの開幕4連勝から始まった今シーズン、一度はハミルトンに逆転されたものの、アジア連戦では再びトップの座を奪い返し、日本GPを優勝して大差をつけた後、最後の4戦をすべて2位で切り抜けて、最終的に5ポイント差で逃げ切ることに成功しました。
Nico Rosberg / Mercedes F1 W07 Hybrid / 2016年 日本GP
今シーズンの二人の成績を振り返ると、ロズベルグ9勝に対しハミルトンは10勝、2位はロズベルグ5回に対しハミルトン3回、3位はロズベルグ2回に対しハミルトン4回と、確かにかなりの接戦だったことがわかります。
仮にこの表彰台獲得によるポイントだけを数えると、ハミルトンのほうが19ポイント勝っています。これが、今シーズンを通して感じた「ハミルトンのほうが強かった」という印象が間違ってないことを裏付けているのだろうと思います。
しかし表彰台を逃したときの入賞回数は、ロズベルグ4回に対しハミルトンは2回だけ。そしてリタイアはロズベルグ1回、ハミルトンは2回となっています。結局はこれが表彰台でハミルトンが稼いだポイントをすべてひっくり返し、ロズベルグのチャンピオンにつながったと言えます。
二人の明暗を分けた決勝点はマレーシアGPだったのでしょう。ハミルトンは勝ちレースをエンジントラブルでフイにしてしまいました。一方のロズベルグはスタート直後に最下位に落ちながらも、なんとか3位に入っています。もし、ハミルトンがあのままレースに勝っていたら… 20ポイント以上の差をつけてハミルトンは勝っていたかもしれません。
いえ、ひとつのレースの結果が異なれば、それ以降のレースは違ったものになったはずで、これは意味のない「If」です。
いずれにしろ、幸運を最大限に利用し、不運とミスは最小限に抑え、どんな状況でもしぶとくレースを纏め上げてきたロズベルグは、チャンピオンに値する素晴らしいドライビングをしてきました。運だろうとなんだろうと「絶頂期にあるハミルトンと争って勝った」ということが、このチャンピオンの価値をさらに大きくしていると思います。
正直言って、ロズベルグはハミルトンに勝てる器ではないと思っていました。しかしメルセデス黄金期が続く限り、ハミルトンに本当に対抗できるのはロズベルグしかいません。今年のチャンピオン獲得は、ロズベルグに大きな自信をつけたことでしょう。来年がより楽しみになってきました。
「アンフェアなことをしたとは思っていない」 ルイス・ハミルトン
「自身は優勝しロズベルグが表彰台を逃すこと」が逆転チャンピオン獲得の条件だったハミルトン。予選から圧倒的な集中力を見せ、優勝を勝ち取ることはそれほど難しくないように見えました。しかしそれだけでは足りないのです。彼の悩みはそこにあったはずです。
スタートは両者ともうまく決め、スピンを喫したフェルスタッペンが1回ストップ作戦にスイッチしたことで、上位陣の作戦をかき乱しますが、ロズベルグは上手くフェルスタッペンをオーバーテイクすることに成功し、その後のピットインも無難にこなし、2位のポジションを固めてしまいます。
Lewis Hamilton / Mercedes F1 W07 Hybrid / 2016年 日本GP
ここで、自分が勝つだけでは足りないと悟ったハミルトンは、わざとペースを落として、後続とのギャップを狭める作戦に出ます。抜かれない程度にペースを調整しながら、じわじわとロズベルグを後のフェラーリやレッドブルに追いやります。
その結果、わずか2秒の間に4台が入るという接戦のトップ争いが、ハミルトンによって「意図的に」作り出され、ロズベルグは前後を挟まれて進退窮まります。
ここで異なるタイヤ戦略で猛追してくるベッテルと血気盛んなフェルスタッペンが仕掛けてくれたら占めたもの。そしてプレッシャーに弱いロズベルグが慌ててミスをしたり、強引なブロックで接触したり、あるいはペナルティを受けてくれたら万々歳!という状況を作り出します。もちろん自分は誰が来ようと逃げ切るだけの余力を持っています。
これを賢い戦略と見るか、アンフェアな戦略と見るかは、人によって、見方によって変わるでしょう。ルールに違反していない限り、出来る事を最後までやりきる権利がハミルトンにはある、というのはひとつの理屈です。もちろん、そもそも成功率は低い作戦だし実際に成功しなかったのだから、それほど目くじら立てることでもなく、彼の立場から見れば、簡単に諦めるわけにはいかなかっただけだ、と。
しかし、これが4輪最高峰のF1の、チャンピオン決定戦でやるレースとしてどうなのか? という疑問は拭いきれません。チャンピオンがかかってるからこそ何でもやるんだ、という利己的に過ぎる勝ちへの強いこだわりは、私が嫌いだったMシューマッハが持っていた一面でもあります。その結果Mシューマッハは、チャンピオン獲得がかかった絶体絶命のピンチで、オーバーテイクを仕掛けてきたビルヌーブに体当たりまでしでかしました。
もちろんハミルトンはそこまでしていません。が、「勝つためなら何でもやる」という貪欲さが過剰になると、そういうことにつながっていくのではないかという漠然とした嫌悪を私は感じてしまいます。これはルールではなくモラルと品位の問題であり、レーシングとは何なのか?の根幹に関わります。
しかも、今回ハミルトンが順位を下げようと企てた相手は、おなじメルセデスのチームメイトです。F1は今や数百人のスタッフが関わるチーム戦であり、数千万ドルのスポンサーマネーが関わるビジネスでもあります。チームとしてはこれを容認することは到底出来ないのは当然です。
パディ・ロウまでが登場してペースを元に戻すように指示をした無線に対し、ハミルトンは「チャンピオンシップを失うのだから優勝したって意味はない」と応答をして、その指示を拒否しました。
一方、2014年の同じく最終戦アブダビGPで、マシントラブルにより失速し逆転チャンピオンの可能性を失ったロズベルグは、リタイアするようにとのピットからの無線に対し「お願いだからこのまま走らせてくれ。最後まで走りたいんだ」と指示を拒否しました。
どちらのほうが潔い負け方なのかは明らかです。
勝ち方以上に負け方というのは難しいものです。「潔い」と言うととても青臭いアマチュアリズムのようですが、プロスポーツは、特にF1は、「スポーツ」であると同時に「ショー」でもあるのですから、結果だけでなく経緯(=レース内容)こそに価値があるのだと思います。
去る人、来年への期待
2シーズン目を戦いきったマクラーレン・ホンダは、アロンソがなんとか10位に入賞、このレースが最後となるかもしれないバトンは、サスペンショントラブルでリタイアしてしまいました。不本意な終わり方だったはずなのに、マシンを降りた彼の顔はサバサバとしていました。本心は分かりませんが、もう「十分」という充足感があるんじゃないのかな?と思います。
ホンダとしては昨年よりは大躍進を遂げ、コンストラクターズ・ポイントではウィリアムズに続いて6位に入りました。でも、これではまだまだ満足できません。来年はマシンレギュレーションがまた大きく変わるそうですし、期待をしたいと思います。
ということで、今シーズンも色々あって面白いシーズンでした。
次のレースは15週間後、オーストラリアGPです!