伝統のイギリスGPと言えば、伝統のシルバーストーン。一時期は開催が危ぶまれたこともありましたが、大改修をしてからそんな話もすっかり影を潜めました。しかしコースレイアウトは、ヨーロッパのオールドコースらしいハイスピードサーキットです。連続する高速コーナーを駆け抜けるF1マシンは、小さなテレビ画面からもその迫力が感じられます。一度は生で見てみたいレースの一つです。
さて、そんなイギリスGPも今シーズンはタイヤの呪縛から逃れることは出来ません。今回持ち込まれたタイヤはハードとミディアム。固い側のコンパウンドと言うこともあって、さすがに4回ピット作戦などと言うめちゃくちゃな戦略を要求されるレースにはなりませんでしたが、別の意味でタイヤに苦しめられたレースとなりました。
フリー走行3回目でマクラーレンのセルジオ・ペレスに発生した左リアタイヤのバーストは、単なる偶発的なトラブルとみられていました。その後予選では何事も起きなかったのですが、なんとレースになってから同じようなタイヤバーストが立て続けに発生。結局チェッカーまでに5台のマシンが突然のタイヤバーストに見舞われることとなりました。広いコース幅とエスケープゾーンが幸いしたとは言え、そのなかの1台もクラッシュせずにピットに戻れたことは幸運としか言いようがありません。
「これはロシアンルーレットだ」 マーク・ウェバー/レッドブル
ウェバー自身はタイヤバーストの犠牲にはなりませんでしたが、状況は逐一無線でチームから伝えられ、何が起きているのかもちろん理解していたはずです。そしてウェバーの言う「ロシアンルーレット」というのが、今回のレースのタイヤ問題を良く表していると思います。もちろん銃口を向けられているのは、ウェバーら、ドライバー達です。いつ自分の車のタイヤが吹き飛ぶかもしれない… と思いながらマシンを走らせるという残酷さを、ピレリは、チームは、FIAはどう考えていたのでしょうか?
「危険を感じたのはキャリアで初めてのことだった」 ルイス・ハミルトン/メルセデス
予選から異次元の速さを見せ、独走態勢を早々と作り上げようとしていた矢先、突然左リアタイヤはバーストしました。長いストレートを高速走行中にいきなりリアタイヤがバラバラになるという状態についてハミルトンは、「リアが沈み右フロントが上がる。接地しているのは二輪だけで、まっすぐ走らせるために相当がんばらないといけない。あのスピードでは避けたいところだ。」と、比較的あっさりとしたコメントを残してしています。
テレビの映像からはバーストした直後に一瞬車体がふらついただけのように見えますが、おそらくそれはF1ドライバーならではの超人的な反射神経とドライビング能力によって、車の状態をコントロールした結果なのだろうと思います。
そしてもちろん危険はハミルトンだけでなくベッテルにも襲いかかります。ギャップはたった2秒、されど2秒。200km/hを遙かに超えるスピードで走ってるマシンに乗って、目の前に飛んでくるゴムの塊と破片に加え、姿勢を崩して減速するハミルトンのマシンを避けることの判断の難しさも、F1ドライバーだからできることなのかもしれません。
しかし、リアタイヤに厳しいメルセデスのマシンの弱点がこんな形で出るなんて!とその時点ではまだ思っていました。
「ボイコットについて話し合うことになるだろう」 フェリペ・マッサ/フェラーリ
ハミルトンのタイヤがバーストした翌周回、今度はフェリペ・マッサの左リアタイヤがやはり何の前兆もなくバーストします。左に旋回する中速コーナーから立ち上がりトラクションをかけた瞬間、左リアタイヤを失ったマッサのマシンはあっという間にスピンしてコース外に飛び出していきました。
幸いエスケープゾーンが十分あり、しかもグラベルでも芝でもなく舗装されていたおかげで、車は何にもぶつかることなくすぐに停止しました。低速であったことは幸いですが、その分前後のマシンとは接近していました。またコーナリング中のため回避マージンも少なく、これもまた後続を巻き込まなかったことは幸いです。
モナコで妙なマシントラブルでクラッシュし、しょんぼりして首筋を押さえていたマッサの姿を思い出します。もちろん、彼は2009年に前のマシンが落とした小さなパーツがヘルメットのバイザー脇に直撃し、瀕死の重傷を負ったことがありました。タイヤの破片も大きなものでは数百グラムから数キログラムに及びます。200km/hで走行中にそれの直撃を受けたらと思うと、その恐怖はマッサ自身が一番知っているに違いありません。
「何の兆候も感じなかったのに、ブレーキング時にタイヤが壊れた」 ジャン-エリック・ベルニュ/トロロッソ
マッサのバーストからさらに3周後、今度はハンガーストレートエンドで、ブレーキングを開始したトロロッソのベルニュのマシンの左リアタイヤが、やはり突然バーストしました。真後ろにはロータスの2台がいましたが、巨大な短冊状になって宙を舞うタイヤがあわやぶつかるところでした。ライコネンの車載映像では、たくさんの破片を浴びて、手のひら大のゴムの板がコクピットに飛び込んでくるのが映っていました。
ここでもまた広いコースが幸いし、ベルニュ自身もコースをはずれつつも、タイヤとともにコントロールを失ったマシンを何とか押さえつけることが出来ました。しかしベルニュのマシンはバーストしたタイヤの破片で、リア周りが大きく壊れ、ピットには戻れたものの結局リタイアとなります。
ここまでの3台は同じように左リアが壊れたことから、どこかの縁石に問題があって、そこを通過したときにタイヤに傷が入るのでは?と疑われていました。無事に1回目のピットインを終えたベッテルの使用済みのタイヤにも、やはり大きな切れ込みが入っていました。その後各チームは、高速コーナーの縁石を踏まないようにドライバーに注意すると共に、グリップを犠牲にしても、安全性のためにタイヤの内圧を上げるという応急処置をとります。
「タイヤがレースを決するべきでない」 エスティバン・グティエレス/ザウバー
その後、縁石に対する注意によってレースは一時的に落ち着いたかのように思われました。しかしレース中盤にザウバーのグティエレスのマシンにやはりタイヤバーストが発生します。しかし今回は左リアではなく左フロントでした。その瞬間は残念ながらテレビの放送では映っておらず、どういう状況だったのかは見えませんでした。しかしグティエレスのマシンは、当然フロントウィングを大きく壊してしまいます。
タイヤがレースを支配してはいけない、というのは今回に限らず昨シーズンから言われ続けたことです。レースを面白くするようなタイヤを、というのはFIAの意向でありピレリはその要求に合わせるタイヤを作っているだけだと言っています。しかし最近はそれが行き過ぎ、開幕戦のように4回ストップが行われたり、モナコのように超スローペースでレースが行われたり、かなり極端な状況になりつつありました。しかしそれもこれも安全が確保されての上のこと。グティエレスが言ったニュアンスが分かりませんが、今回はそれ以前の問題だと思います。
「誰かに何かが起こるまで待つべきじゃない」 セルジオ・ペレス/マクラーレン
そして最後はレース終盤。レース中5台目のバーストはマクラーレンのセルジオ・ペレスに起きました。ハンガーストレートで、左リアタイヤが突然バースト。真後ろに迫っていたアロンソが間一髪ですり抜けていきます。
彼は土曜日のフリー走行中にも同じようなバーストを経験しているので、イギリスGP期間中で2回、タイヤバーストを経験したことになります。不運にも程があります。
ペレスの事故が起きた時点でレースは残り10周を切っていました。テレビを見ていた私は、この瞬間に赤旗が出るものだと思っていました。あるいはセーフティーカーが入ってそのままチェッカーまでゆっくり走らせるのだろうと。タイヤバーストはそのマシンに乗るドライバーだけでなく、周囲のドライバーにも、そしてコースマーシャル達にも危険を及ぼします。原因も分からず5台もの車に起きればもう十分なはずです。しかしレースは最後まで続行されました。
現代F1は安全に細心の注意を払っていることはファンなら誰でも承知しています。マシン自体の安全性も上がってる上、レース運営上も非常にセーフティカーが出やすくなっています。時にはそこまでするか?と思うくらい。なのに今回は何もせずに、ただ5台のマシンのタイヤがあちこちで破裂するのを見ていただけでした。
本音のところではF1はショービジネスですから、レースをやめるという判断が非常に重たいことであるのは分かりますが、ペレスが言うとおり「誰かが犠牲になってからでは遅い」わけで、今回は結果的にけが人さえいないのは運が良かったとしか言いようがありません。
今回のレースを見ていて、2005年のアメリカGPを思い出したファンも多いのではないかと思います。レースの様相は全く違いましたが、根底にある問題は同じだったのではないかと思います。「安全性に疑問のあるタイヤでレースが出来るのか?」という点において。その問題はむしろ今週末のドイツGPでより大きくなりそうです。2005年アメリカGPでミシュランがユーザーチームに通知したのと同じように、ピレリが「安全を保証できない」と言ったらいったいどうなるのでしょうか?
なお、前回カナダGPからピレリはタイヤ構造を変更する予定だったはずなのですが、一部チームの同意が得られず、トレッドの接着方法だけを変更したようです(カナダGPのエントリーは訂正しました)。今後その件も蒸し返されることになりそうです。