1922

投稿者: | 2013年1月12日

1922 (文春文庫)

1922 (文春文庫)

8年前、私は息子とともに妻を殺し、古井戸に捨てた。殺すことに迷いはなかった。しかし私と息子は、これをきっかけに底なしの破滅へと落下しはじめたのだ…罪悪のもたらす魂の地獄!恐怖の帝王がパワフルな筆致で圧倒する荒涼たる犯罪小説「1922」と、黒いユーモア満載の「公正な取引」を収録。巨匠の最新作品集。

 久しぶりのスティーヴン・キング作品です。原題は”Full Dark, No Stars”で、もともとは四つの独立した物語を収めた中編集ですが、日本語で文庫化されるに当たり二話ずつに分けて発行されるそうです。「スタンドバイミー」で有名な「恐怖の四季」と同じ構成と言うことになります。”Full Dark, No Stars”から最初の二話が収録された第一弾がこの「1922」。収録されている二話とは、表題になっている「1922」(原題ママ)と「公正な取引」(原題はFair Extension)です。

 それにしても原題のタイトルはすごいですね。直訳すれば「星もない真っ暗な闇」ですから。人間の狂気や恐怖を書かせたらピカイチのキングにして、行き着くところまで行った感じなのでしょうか。何の希望もないどん底の物語であることが想像できます。キングファンとしてはこのタイトルだけでも震えが来ます。

 はたして「1922」を読み始めてみると、あまりの薄暗さ、救いのなさに愕然としてしまいました。いえ、ある意味典型的なキングワールドではあります。あくまでも人間に視点を置いた、丁寧な描写と美しい流れるような文章(翻訳ですけど)。そして要所要所ではしつこいほどのグロテスクさを見せます。どんなにゾッとしても、目を離すことが出来なくなり、人の心の闇の奥底に否応なしに連れて行かれます。

 「1922」を読んでいる途中で思わず以下のような感想をつぶやいていました。

 そう、この本は打ち震えながらも読み進めるしかないのです。亡霊を恐れ、ネズミを恐れ、命をかけて守るはずのものが次々に崩れ落ち、人生の目的が見えなくなって、気がつけば一寸の光もない暗闇に立たされ、恐怖に打ち震えるところを想像しながら。

 この物語の時代設定はもちろん1922年で、現代に書かれる小説としてはずいぶん昔を舞台にしています。その時代のアメリカ農村部の置かれた状況が必要だったのでしょう。大恐慌前のアメリカの豊かな農業。開拓者の魂を受け継ぎ、土地にこだわる人々。そしてボニーとクライドの銀行強盗にもちょっと関わりがあるのかも知れません。

 読了後に解説を読んでハッと気付いたのですが、たしかにこの「1922」はキングの既作、「ドロレス・クレイボーン」にそっくりなプロットです。後に昔を思い出して告白をするという形式もそっくり。アメリカの田舎に満ちあふれていた豊かさと希望と、そして閉塞感が背景にどんよりと横たわっているのも同じ。「ドロレス・クレイボーン」は私に取ってキング作品の中では最も好きな一冊。でも「1922」とは結末が大いに異なります。

 ドロレス・クレイボーンの目にははまだわずかな星の光が残されていましたが、1922年のウィルフレッド・ジェイムズとヘンリー親子には全く一条の光も差さなかったのですから。

 今作に収められたもう一話は「公正な取引」。現代の寓話というか、何というか。「笑ゥせぇるすまん」みたいな物語です。ストリーターに公正な取引を持ちかけるのは、もちろん喪黒福造ではなくてエルビッド(ELVID)と言う名の謎の人物。悪魔(DEVIL)との公正な取引とは何なのか? 典型的な物語のようでいて、当たり前には終わらないのがキング流。人間の心の闇、悪魔よりも深いどす黒さに打ち震えることになります。

 ”Full Dark, No Stars”の残りの二話が収められた「ビッグドライバー」は3月頃に発売されるそうです。次作でははどれほどの暗闇が描かれているのでしょうか?とても待ち遠しいです。

 【お気に入り度:★★★★★】