九月が永遠に続けば

投稿者: | 2012年4月20日

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

高校生の一人息子の失踪にはじまり、佐知子の周囲で次々と不幸が起こる。愛人の事故死、別れた夫・雄一郎の娘の自殺。息子の行方を必死に探すうちに見え隠れしてきた、雄一郎とその後妻の忌まわしい過去が、佐知子の恐怖を増幅する。悪夢のような時間の果てに、出口はあるのか―。人の心の底まで続く深い闇、その暗さと異様な美しさをあらわに描いて読書界を震撼させたサスペンス長編。

 今回はまたまたちょっと趣向を変えて現代物を読んでみました。沼田まほかるさんの小説は以前に「アミダサマ」を読んだことがあります。今回読んだ「九月が永遠に続けば」のほうが古い作品で、この二冊を貸してくれた人によると「アミダサマ」よりは分かりやすくて面白い、と言われました。

 確かにその通り。神とは何か?みたいな哲学的なことは出てこないし、この世のものではない超常現象が起きたりもしません。「アミダサマ」はいわゆるホラー系に属する小説でしたが、この「九月が永遠に続けば」はミステリーあるいはサスペンスものです。

 他の作家に例えるのは本の紹介としては不適切かつ、作家さんに対して失礼かも知れませんが、この作品は「宮部みゆき的」だなと感じました。訳ありの家族と複雑な人間関係、そこに起こるミステリアスな事件、何となく80年代的雰囲気が漂う登場人物達のキャラクター設定などなど。しかしその宮部みゆき的中な世界の随所に、キングを思わせるような人間の心の闇、どす黒くて醜い部分が容赦なく晒されていて、不意をくらってショックを受けてしまいます。

 それは「幽霊なんかよりも人間の方がよほど怖い」という真実を見事に表現していて、この本から感じられる恐怖は、すべては人間が引き起こすものばかり。それだけに怖いもの見たさ、醜いもの見たさの不純な興味から目をそらせなくなり、何とも言えない不快感を感じるのです。

 ストーリーの中心はある日突然失踪した高校生の息子の行方を捜す母親の奮闘とその経緯にあります。それだけ聞くとドキドキハラハラのいい話を想像するかも知れません。しかし、息子の行方を捜していくうちに、母親である主人公自身を巻き込み、複雑な人間関係とその間にある秘密が芋ずる式に次から次へと明らかになっていき、物語はある意味グロテスクと言っても良いような方向へ展開していきます。

 いろんな側面と切り口を持ったとても複雑な物語なのですが、私が思うにこの小説の一番の軸は「親子愛」だと思いました。突然失踪した息子を思う主人公の姿は、小説の中とは言え気の毒で同情を覚えます。このあたりには(作者が人の親であるかどうかは知りませんが)女性としての視線が強く感じられます。そしてこの二人に加えて、まったく違った背景を持つ二組の親子関係も複雑に絡まり合います。

 ちなみに息子が失踪した焦燥と不安の中で、主人公は息子が小さいころのことをいろいろと思い出します。それは楽しかった思い出がある一方で、ほんの冗談のつもりで公園に置いてけぼりにして車で走り去ろうとしたこととか、初めての三輪車を買い与え、喜んで乗っているものの上手く漕げずにもたもたした姿に思わず苛ついて手を上げてしまったとか、虐待に通じるような悪趣味なエピソードも含まれています。

 ですから親子愛と言っても、涙を誘うような決して美しいいい話ではなく、恐らくどこにでもある親子の間に横たわる複雑な何か、一番近しい間柄だからこそからこそ起こる摩擦や複雑な感情。その中で特に母親だけが子に対して感じる特別な感情、歪んだ愛情、そう言ったものがえぐり出される、非常にリアリティのある物語です。誰もが意識せずに心の奥底で感じている何かに触れているからこそ、不快感でありつつも目が離せなくなるのかもしれません。

 しかし、行方をくらませた息子に関する種明かしの部分は何だかぽか〜んとしてしまいました。いや、これこそがもしかしたらこの物語の肝、作者が一番書きたかった部分なのかも知れません。でも、そんなことだったの?という気がしてしまいます。失踪の動機としてはどうもしっくりきません。それは亜沙実の魔力が私には上手く読み取れなかったからなのかもしれません。

 終始どんよりとした救われない物語の中で最後のオチは良かったですけど。何となくここは想像していた通りでした。

 【お気に入り度:★★★★☆】