村を助くは誰ぞ

投稿者: | 2010年7月22日

村を助くは誰ぞ (講談社文庫)

村を助くは誰ぞ (講談社文庫)

尾張が美濃に攻め寄せるという。軍勢が村へ入れば村人たちには生き死にの大問題だ。オトナ衆の次郎衛門は戦火から村を守るため、織田勢から自軍の乱妨と略奪を禁止する命令書をとりつけようとするが…。戦乱の中で奔走する村人たちの、たくましさとせつなさを描いた表題作を始め、全6本の粒ぞろい歴史短編集。

 思わずジャケ買いならぬ、題名で買ってしまった一冊です。岩井三四二さんの小説と言えば、これまでに「難儀でござる」と「たいがいにせえ」という、二作品を読んだことがあります。どちらも戦国の世を舞台にした、武士達の生き様を生き生きと描きつつも、しかし(少しブラックな)ユーモアを混ぜた物語。他では読んだことのない新鮮な小説でした。今回読んだ「村を助くは誰ぞ」は既読の二冊とはちがい、表紙絵はもちろんですが、タイトルからしてこれは武士ではなく農民が主人公であることが分かります。さて、どんな物語なのでしょうか?
 この本は、表題作をはじめ全六編からなる短編集です。全ての物語は1540年頃の美濃地方を舞台にしています。時代はまだ室町時代、織田信長は元服したばかりで織田家はまだ尾張の一大名にすぎません。稲葉山城に拠点を構え、美濃地方(岐阜県南部)を治めていた斎藤道三と尾張の織田信秀(信長の父)の間で起きた「加納口の戦い」を軸として、その周辺で起きた様々な人々のドラマを描いた作品集と言えます。

 あとがきによれば、第五話の「待ちわびて」を除いた五作は、全て実在の記録を元にした物語だそうです。と言っても、それぞれの事件について詳細な記録があるわけでなく、織田与十郎による禁制、斎藤道三が伊勢神宮の御師に宛てた寄進状など、前後の事情は不明ながらも、断片的に残っている史料から、岩井三四二氏が紡ぎ出した歴史フィクションです。

 私が好んで読んでいる江戸時代ものよりも、ずっと古い時代が舞台であり、同じ時代小説とは言え、そこに描かれる人々の生活の様子は、江戸時代とはまったく異なったものに感じられます。農民達が武士の支配に翻弄される中で、いかに村を形成し、どう社会を運営し生活していたのか? あるいは当時の武士達が社会にとっていかなる存在で、その組織がどう構成されていたのか?

 表題作の「村を助くは誰ぞ」は、織田と斎藤の戦に巻き込まれないよう、村の安全を確保するために農民達が奔走する物語です。いったい村を危難から救うにはどうしたらいいのか?誰がそれをやり遂げるのか? 人間の欲と保身、正義と犠牲、打算と知恵が渦巻く、とても面白い物語です。他の五編も同様に戦の中で何とか生き抜こうとする人々の姿に、引き込まれてしまいます。

 ただの小説でありながらも、私にとっては初めて知る戦国時代の日本の社会、人々の生活が感じられ、表のストーリーだけでなく、その背後にある時代風景も同時に楽しむことができました。江戸時代とは比べものにならないくらい、遙かに前近代的な社会であったことに驚きさえ感じます。命をかけた人々の物語でありながら、妙に暗く悲壮感漂うことなく楽しめるのは、岩井三四二さんの独特の物語力によるものだと思います。

 【お気に入り度:★★★☆☆】