向井帯刀の発心
物書同心居眠り紋蔵シリーズの文庫版の最新刊です。前作「白い息」から2年。非常にゆっくりしたペースですすんでいるこのシリーズも、これで8作目となります。その間実に16年。しかしこの居眠り紋蔵シリーズは、私の最も好きな時代小説のひとつです。
そんな背景を持つこのシリーズですが、物語の中の時間は前作から2年も経過しているわけではありません。定廻同心に出世したのもつかの間、またすぐに例繰方へ戻された紋蔵のその後の日常の物語。
佐藤雅美さんの小説らしく、当時の町奉行所に関する正確な時代考証に裏付けされた物語は、前半でややその面が強すぎて、背景説明がくど過ぎる感じさえしますが、後半に向けて初期の紋蔵シリーズらしい、ホッとする暖かさ感じさせる展開に。佐藤雅美さんは実はこういう物語力もあるんだよなぁ、と改めて認識させられました。
ちなみに今作のテーマは「家」だと思います。もう少し砕けて「家族」と言っても良いのかも。江戸時代は封建社会。その中心は「家」制度でした。紋蔵の藤木家は不浄役人のしがない御家人ではあっても、代々受け継がれた「家」に代わりはありません。子だくさんの紋蔵にも、跡継ぎ問題は重くのしかかります。
そして事情は八丁堀のご近所さんも同じ。そして大身の旗本も同じ。跡継ぎ問題は"お家騒動"の一番の火種です。大名家で起こればそれは歴史になりますが、家の大小、家格に関わらず、その他無数の下級武士たちにも問題の大きさは同じで、"小さなお家騒動"はあちこちで起こっていたはずです。そんな、武家の世相に揉まれる紋蔵。
「腹は立つだろうが結束を乱してはならぬ。このようなことは日がたつうちに丸くおさまる。悪いがここは我慢をしてくれ。それが紋次郎のためでもある。分かってくれるな」
紋蔵はただ黙って首をたれた。
スパーマンのヒーローでも何でもない紋蔵。一人のしがない下級役人にして人の親。世間と仕事と家族の板挟みに遭いながらも、「藤木家」の小さな幸福を追い求める彼の姿は、単なる時代劇上の架空の人物ではなく、現代にも通じる人間ドラマを感じます。それがこのシリーズの一番面白いところです。
なお、残念なことに今作の解説は最低です。最初の2行で読む気をなくしました。
【お気に入り度:★★★★☆】