蔦屋が生み出したもう一人の謎の浮世絵師:喜多川歌麿女絵草紙/藤沢周平

喜多川歌麿女絵草紙 〈新装版〉 (文春文庫)

喜多川歌麿女絵草紙 〈新装版〉 (文春文庫)

江戸の町の人びとや風景を生き生きと描いた浮世絵師には、素性が知れていない人が多い。生涯美人絵を描き、「歌まくら」「ねがひの糸口」といった枕絵の名作を残した喜多川歌麿は、好色漢の代名詞とされているが、実は愛妻家の意外な一面もあった。著者独自の手法と構成で人間・歌麿を描き出した傑作長編。

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暗殺の年輪

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

海坂藩士・葛西馨之介は周囲が向ける愍笑の眼をある時期から感じていた。18年前の父の横死と関係があるらしい。久しぶりに同門の貝沼金吾に誘われ屋敷へ行くと、待っていた藩重役から、中老暗殺を引き受けろと言われる―武士の非情な掟の世界を、端正な文体と緻密な構成で描いた直木賞受賞作と他4篇。

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無用の隠密:藤沢周平

無用の隠密―未刊行初期短篇 (文春文庫)

無用の隠密―未刊行初期短篇 (文春文庫)

 

  10年以上前に亡くなったはずの藤沢周平さんの新刊が文庫で出ていました。どこかから未発表原稿でも出てきたのかと思えばそうではなく、無名時代に無名の雑誌に掲載され忘れ去られていた作品をかき集めたものだそうです。年代としては昭和三十九年以前、藤沢周平さんがまだ作家デビューを果たしておらず、新聞社に勤める傍ら、趣味兼内職として書いていた短編時代小説十四編が収められています。藤沢周平ファンにはまさに願ってもないプレゼントと言えるでしょう。

 私は一時代小説ファンとして当然藤沢周平作品は読んでいますが、まだまだ読破には至りません。多分、有名なものから三割くらいしか読んでいないと思います。それでもやはり副題として付けられている「未刊行初期短編」という言葉が気になります。やや順序が違うかも?と思いつつも手に取ってみました。

 藤沢周平さんの作品は、前期と後期で作風が大きく違うと言われています。前期はどちらかというと重苦しいテーマでどんよりとした暗くて辛い結末を迎える作品が多く、後期はもう少し明るさというか、軽妙さと美しい風情を備えたわりと読みやすい作品が多くなります。無名時代の超初期ものとなれば、前者の作風に近いものであることは想像に難くありません。

 文庫版で五百ページオーバーという厚さながら、十五編の短編が収められているということもあって、一編の長さはそれほどでもありません。そして各作品の成り立ちや時代背景、後年の作品との関係を丁寧に解き明かす解説が加えられています。その解説は実に三十ページ以上あります。十五編を読み切った後は、それぞれの作品の理解を深め、また藤沢作品全体の理解を深めるためにも、この解説はとても役に立つと思います。

 その解説にあるとおり、この中の何編かは後に有名になってから同じプロットで書き直されているものもありますし、越後や庄内地方の、いわゆる草の者(=忍者)を扱った作品もあります。この草の者の活躍は「密謀」などにも繋がっていく世界かと思います。さらには庄内地方の歴史や、江戸の浮世絵師をテーマにしたものなど。藤沢ファンならいろいろ想像をかき立てられるものがあるのではないでしょうか。

 ということで、いずれにしても成り立ちからして決して読みやすい本ではないだろうな、とは想像していたのですが、第一話を読み始めたところで、早くも挫折しかかりそうになりました。と言うのも、とても難解なのです。背景説明がほとんどなく、非常に少ない言葉と、豊かな情景描写だけでで進行する作風は明らかに藤沢作品らしいのですが、今自分が読んでいる物語の中で何が起きているのか?登場人物の関係がどうなっているのか?が全く分かりません。何となく字面を追ってるうちに終わってしまったりして。第一話の「暗闘風の陣」は二回読み直してしまったほどです。

 で、結論から言うと結局分からずじまいで、諦めて先に進んでしまいました。そして二話目がまた輪をかけて難解なのです。が、難解で読みづらかったのはこの二話まで。三話目以降は普通に物語として楽しむことができました。解説によれば、最初の二編は小説としてまだ稚拙で未熟だとか。難解だったのはそのせいということにしておきましょう。

 最初に二編を除いて、他の十三編はどれもじんわりと心に染み入るような物語ばかりですが、個人的に敢えて気に入ったものを挙げるとすれば、八話の「忍者失格」、九話の「空蝉の女」、十四話の「ひでこ節」、十五話の「無用の隠密」あたりです。と、四編を選んでみて気づいたのですが、どれも恋愛の物語です(A^^;;

 お勧め度:★★★★☆(最初の二編は難解ですが我慢して読み進めましょう)

密謀:藤沢周平

密謀 (上巻) (新潮文庫)

密謀 (上巻) (新潮文庫)

 

  藤沢周平氏の作品といえば、江戸時代の町人を描いた市井ものか、海坂藩という架空の藩を舞台とした武士もの時代小説が有名です。市井ものでは「秘太刀馬の骨」などなど。いずれも江戸時代の泰平の世の中で、存在意義を失いもがき苦しむ武士社会をベースに、独特の美しい文章で武士たちの独特の世界を描き出した時代小説です。

 一方で時代小説と言えば、歴史上の実在の人物を描いたいわゆる歴史小説という分野もあるわけですが、藤沢周平氏はあまりこの分野の小説は書いていません。とは言っても全く皆無と言うことでもなく、俳人小林一茶を題材にした「一茶」や、その他いくつかの史実をベースにした歴史小説が書かれています。今回読んだ「密謀」はその数少ない藤沢周平氏の筆による歴史小説です。題材は戦国時代末期の上杉家、謙信の跡を継いだ上杉景勝と、その参謀として辣腕をふるった直江兼続の物語です。

 直江兼続と言えば現在NHKの大河ドラマの題材となっており、その名前を知っている人も多いことでしょう。戦国時代には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と言った、天下を争った中心人物以外にも、前田利家、毛利輝元、武田信玄などなど、結果的に争いに敗れ歴史の影に沈んでいった多くの武将たちがおり、それぞれの物語も、敗者のドラマとして、とても興味深いものがあります。中でも上杉謙信の跡を継ぐ上杉景勝は越後地方を治める北方の一大勢力として、織田信長と争い、豊臣秀吉とは手を結び、徳川家康には反旗を翻すなどなど、その去就は戦国時代の歴史を決定づける上で大きな地位を占めていました。

 その上杉景勝を補佐し、いわゆる外交戦略を担っていたのが直江兼続です。その名は上杉景勝とともに日本中の武将たちに知れ渡っていました。彼は戦国の世において上杉家の舵取りをなした政治家であると同時に、実際にいくつもの戦場にて采配をふるった武将でもあります。上杉家は織田信長との緊張関係が続いた後、豊臣秀吉政権下で永年の領地であった越後から、新たに会津一帯へと百二十万石で加増国替えになりましたが、秀吉亡き後にも上杉家の独立を維持するために、急速に勢力を伸ばしてきた徳川家康に反旗を翻しました。
 しかし関ヶ原の戦いにも参戦することはなく、徳川家康とは結局戦火を交えることはありませんでしたが、徳川家康が天下を取った後は結局降伏することとなり、最終的に上杉家は米沢三十万石に大幅減封と再びの国替えとなりました。

 この小説は、景勝が御館の乱を制し上杉家の実権を握った後、豊臣秀吉の台頭から徳川家康が最終的に天下を取ることとなった関ヶ原の戦いに至り、家康の下に上杉家が屈することになるまで、直江兼続がいかにしてその上杉家の舵取りを行ったかが語られています。その大きな歴史の流れはもちろん史実を忠実に再現していますが、直江兼続という人間の人物像、数多くの問題に直面したときの兼継の心の動き、景勝との主従関係、そして兼継を支えた草のものたち(忍術を使うスパイ)の物語などなど、二重三重に重ねられた人間ドラマの部分は藤沢周平氏の時代小説の持ち味が存分に発揮されています。

 米沢に移封となった後の上杉家は、泰平の江戸時代においても、常に徳川家に仇をなした外様の汚名をぬぐい去ることはできず、途中でさらに半分の十五万石に減封されながらも、明治維新に至るまで米沢の地で家名を守り続けました。戦国時代を争った名門のうち、武田が跡形もなく滅亡し、織田、北条そして豊臣など多くの名門が家名を残せずに歴史の上から消え去った中にあって、上杉謙信以来の武将の家柄は江戸時代を通じてずっと残ることとなりました。そのキーが上杉景勝と直江兼続の時代にあったと言われています。

 余談ではありますが、江戸中期の元禄時代に発生したいわゆる「忠臣蔵」の事件において、吉良上野介から養子として藩主を迎えていた上杉家は、その当事者でもありました。当時の上杉家江戸家老の色部又四郎は大石内蔵助にも劣らない才覚の持ち主で、多くの策を弄しつつ上杉家を守りきったと言われています。こうして戦国以降においても上杉はたびたび名前が歴史上に登場しています。

 さて、なぜ藤沢周平氏が直江兼続を題材とした歴史小説を手がけたのか?それは藤沢周平ファンであれば自明のことと思いますが、そのキーワードは「米沢」です。藤沢周平氏が数多く手がけてきた作品のなかに登場する海坂藩のモデルは、紛れもなく江戸時代の米沢藩であり、それはつまり上杉家に他なりません。そして米沢は上杉家が徳川家康によって減封されるまでは、直江兼継の領地でした。そういう意味で、藤沢周平氏の描く時代小説のルーツが直江兼続にある、と言うことなのでしょう。

 最後にこの小説の中で心に残った一節を引用しておきます。これは藤沢周平氏が米沢という地とその歴史に対する思いを端的に表した部分ではないかと思います。

だが、その厚顔の男のまわりに、ひとがむらがりあつまることの不思議さよ、と兼続は思わずにいられない。むろん家康は、義では腹はふくらまぬと思い、家康をかついだ武将たちもそう思ったのだ。その欲望の寄せあつめこそ、とりもなおさず政治の中身というものであれば、景勝に天下人の座をすすめるのは筋違いかもしれなかった。
 <<中略>>  -義はついに不義には勝てぬか。
 そのことだけが無念だった。家康の野望を打ち倒す機会は、上杉にもあったし、石田にもあった。だが実らなかったのだ。石田も上杉も、家康の策略にではなく、家康がその中心に座っている天下の勢い、欲に狂奔するひとの心に敗れるのである。そのひとの心をつかんだがゆえに、家康は天下人になるらしい。

 兼続は、信長も一目おき、謙信の死語も秀吉が礼をつくした上杉の家の名誉を淡々と語った。
 かの武田が、滅びてのちどうなったかをお考えいただきたい。名は語りつたえられても、いまや残る何ものもない。謙信の家を滅ぼしてはならぬ。武者は名を惜しむべきである。しかしながら、家の名を残すために、時には堪えがたい恥を忍ばねばならぬこともある。それも武者の道である。

 
 これは、上杉の歴史の転換点を語っているだけではなく、「歴史は繰り返す」ということをしみじみと実感せずにはいられません。兼続と景勝がこう考えた二百六十年後、徳川家のひとびとは明治維新を前にして同じことを考えたはずです。

 おすすめ度:★★★★★ (藤沢周平ファンはもちろん、歴史小説好きな方にもおすすめです)

風の果て:藤沢周平

風の果て〈上〉 (文春文庫)

風の果て〈上〉 (文春文庫)

 
風の果て〈下〉 (文春文庫)

風の果て〈下〉 (文春文庫)

 

 江戸時代の末期、ある雪深い地方の小藩を舞台にした五人の武士の物語です。その舞台は明確にされていませんが藤沢作品ではおなじみの東北地方の架空の藩(鶴岡を居城とした庄内藩がモデル)海坂藩であると考えて間違いなさそうです。同じ道場に通う仲の良い友人関係にある五人組は実は家柄や立場に大きな差があり、いずれは同席さえも許されなくなるであろう間柄。その絆は歳を重ねるたびに少しずつ引き裂かれてゆき五人五様の道を歩んでいきます。そしてもちろん、その道は平坦ではありません。身分の差などに無頓着な若い剣士達の清々しい青春物語で幕を開けたかと思えば、三十年の時を経て五人の間を引き裂く運命の過酷さと、彼らが否応なく巻き込まれていく政争のドロドロした物語に発展してゆきます。しかし、そうやって常に移りかわる世の中にあって、人の心の中には変わらないものがある… そんなことを語った物語のように思えました。

 ちょっとだけ出だしをばらしてしまいますが… 物語はいきなり緊張した場面から始まります。筆頭家老に上り詰めた桑山又左衛門に届く一通の果たし状。それは永年の友人、野瀬市之丞からでした。何とか話し合おうと市之丞を探す又左衛門。なぜこんなことになったのか?との思いとともに、物語は三十年の過去にさかのぼります。それは又左衛門が上村隼太だった時代。隼太も市之丞も部屋住みの身分だった若かりし頃の剣の仲間としての思い出。彼らはともに百石クラスの家の部屋住みとして同じような境遇にありました。そこにさらに五十石に満たないほとんど足軽並の最下級の家の部屋住みである寺田一蔵と三谷庄六と、千石取りの由緒正しい家柄の嫡男として育ってきた杉山鹿之助を加えた五人の若者達の身分を超えた友情に支えられた古き良き時代の美しい思い出です。

 しかし”家”を中心とした絶対的な封建社会にあった江戸時代の武士にとって身分の違いとはその後の努力や才能だけでは何ともしがたい越えられない壁でした。上士の跡継ぎである鹿之助と下士の家の部屋住みの身分では、その将来において雲泥の差があります。道場では身分を超えたつきあいがあったと言えどもその身分の差は歳を重ねるとともに容赦なく五人を引き裂いていきます。そんな無邪気な道場仲間時代に始まり、主人公である隼太、後の又右衛門の三十年の軌跡を中心に、市之丞、鹿之助、庄六そして一蔵のそれぞれの歩んだ道筋が別々に分かれつつ、しかし時には複雑に絡みつつ、運命に翻弄される五人の人生とは・・・。

 この小説の背景には、時代小説としていくつかの重要なプロットというか伏線の物語が流れています。一つは江戸時代の武士の身分制度。特に”部屋住み”と呼ばれた次男、三男達の過酷なまでの立場。彼らには将来というものがなく、他家の婿の口を探すか、さもなくば厄介叔父として一生実家の居候として暮らすか。正確な意味では彼らは武士ですらありません。鹿之助を除く部屋住みの四人はそれぞれ自分の身の振り方を心配し、四人四様の道を進んでいきます。

 次が江戸時代末期の武家財政破綻。江戸時代中期でさえすでに各大名家の財政破綻は顕著であったわけですが、外国船が日本近海に頻繁に現れ始めた江戸末期ともなるとその深刻度はいっそう増しています。そして藩内の政治と言えば金策も追われるのみ。金を持つものが政治の中枢を握り、金におぼれた者がその座から追われます。

 そしてこの小説の背景に流れる最も重要なテーマが農地開拓です。当時の大名家の財政状況にも直結する経済基盤の基礎は稲作にあります。家柄を測る尺度であった”石”も米を基本とした単位。領内の米の収穫高が高いほど財政にゆとりが出ることを意味します。そしてその米の収穫高を上げるもっとも効果的な方法が農地開拓です。荒れ野に水を引き、土を整備して水田を作ってゆく…。隼太たちが暮らす藩には領内最後のフロンティアとしてずっと注目されていながら、水を引く方法が見あたらず開発に至らない太蔵ヶ原があります。この土地の開発は藩に残された唯一にして最大の開発事業。手をつけて失敗すれば自ら失脚するばかりか、藩の息の根を止めかねず、成功すれば財政、農政すべてが一挙に好転するとともに権力の中枢に上ることが出来るであろう大事業となります。

 この太蔵が原の開墾は主人公である又左衛門に大きな関わりがあり、ストーリーを理解する上でもこの小説の”味わい”を楽しむ上でも重要なキーとなっています。新しい土地の開拓、というのは常にロマンを感じるものですよね。

 物語全体的には青春時代が去りお互いに非常な運命に翻弄されていくどちらかというと悲しい雰囲気のストーリー展開なのですが、そこにあるのはどうしようもない絶望感ではなく、むしろ一人の男の人生を振り返る懐かしさや達成感を感じさせる物語になっています。それは主人公の隼太が常に「夢」を持ち、その夢の実現が物語の中心にあるからに違いありません。逆玉の輿に乗って良い家に婿に行きたい、太蔵が原が開拓されて一面水田になる景色を見てみたい、そして執政の中枢へ入り込み権力を恣にしたい…。聖人君子ではない普通の若者で正義感ばかりでなく欲も煩悩も人並みにある隼太の姿はとても身近に感じられます。

 この上村隼太のような「普通の人」を主人公として書かせたら藤沢周平の右に出る作家はいないと思います。用心棒日月抄の青江又三郎もそうだし、三谷清左衛門などなど… すべて主人公は普通の人間味を持った人達でした。藤沢周平作品は派手さはないのにじんわりと心の奥底に響いて忘れられないのは、こんなところにも秘密があるのではないかと感じました。

 aisbn:4167192209おすすめ度:★★★★★