- 作者: 安藤優一郎
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2014/05/09
- メディア: 文庫
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開国の外圧と幕府権威の失墜、そして時代は倒幕・大政奉還へと進んだ。しかし当初、薩長両藩は倒幕派ではなく、西郷・大久保らは孤立を深めていたのである。史実を丹念に辿り、正史では語られることのなかった敗者の歴史から、幕末維新の実像を描き出す歴史読み物。
珍しく小説ではない硬派な本を読んでみました。と言ってもやはり時代物、というか歴史物です。歳をとるにつれて歴史にどんどん興味が出てくるのはどうしたことでしょうか。中でも私が最もいま気になっているのは幕末史です。時代小説をよく読むようになって以来、江戸時代というものを見直し、どんどん好きになっていく過程で、なぜ、どのようにしてこの泰平の時代が終わりを迎えたのか、大きな興味を持つようになりました。
なので、近代日本の起点としての明治維新ではなく、江戸時代の終焉としての明治維新という見方を私はどうしてもしてしまいます。その視点で見ると、薩長など官軍の立場から見た一般的な維新史というのはどうもしっくり来ません。知りたいのはそこじゃなんだよな、と。
表題からも明らかなように、この本も以前読んだ半藤一利著「幕末史」と同様に、明治維新によって時代遅れの旧体制を打ち倒し、日本は近代化を遂げることができた、という無邪気な「正史」に異論を唱えるものです。
幕末維新の歴史が語られる際には、明治維新を達成した薩摩・長州藩は勝つべくして勝った善玉で、政権の座から退いた徳川方は負けるべくして負けた悪玉という予定調和のストーリーが展開される。だが、それは勝者側の言い分に基づく歴史像に過ぎない。
帯には「敗者の真実」という言葉が書かれていますが、必ずしも幕府側から見た、という立場をとったものではなく、実際の内容はもう少し中立で客観的な立場で幕末史を洗い直したものでです。
この本では、会津藩が京都守護職に就いて以降、江戸城が官軍に明け渡され、徳川家が駿府へと落ちていくまでの、最も情勢がめまぐるしく動いた期間を主に扱っています。朝廷、薩摩、長州、土佐、会津、そして徳川… 諸勢力入り乱れての京都での権力闘争の経緯においては、池田屋事件、禁門の変、二度にわたる長州討伐、討幕の密勅、そして大政奉還と王政復古…と、様々な事情と様々な思惑が絡み合って混沌としていました。それらの事実と背景を、資料を引用して丁寧に解き明かしていきます。
結局のところ、明治維新とは当時すでに支配階級にいた武士たちの間で起きた権力闘争に他なりません。しかしその結果、最終的に「武士」という支配階級そのものを絶滅させるに至りましたが、最初からそれを目的として倒幕を目指していた人は薩摩にも長州にもいませんでした。そういう意味では、日本の近代化は明治維新で行われたわけではなく、実際には維新の結果出来た明治新政府がその後実行したことなのだと思います。
さて話は変わりまして、この本には今まで知らなかった幕末のエピソードもいくつか書かれています。そのひとつは東京遷都にまつわる顛末です。
東京市民に変身させられた江戸っ子の間では、薩摩・長州藩を主軸とする官軍への反発がたいへん強かった。占領軍のようなイメージを持たれても仕方ないだろう。
・・・中略・・・
天皇東幸との合わせ技で提案された下賜金も、同様の政治的思惑に基づくものだった。しかし、財政難のために下賜金は中止となり、代わりに酒を振る舞うことになる(天盃頂戴)。酒を持って江戸っ子を制しようとしたのだ。
下りものの酒にはめっぽう弱い江戸っ子は、本当にタダ酒と引き替えに新政府を受け入れたのでしょうか。酒を豪気に振る舞うなんて子供だましは見抜きつつも、北原亞以子さんが描いた「まんがら茂平次」のように、江戸が焼け野原にならなかったことに満足して、お上のすることだから仕方がない、という気持ちになったのかも知れません。
そしてもう一つ、長年引っかかっていたことがひとつ分かったような気がしました。それはなぜ上野の山に西郷さんの像が出来たのか?ということ。唯一、江戸市中で戦場となった上野は、西郷隆盛率いる官軍に江戸幕府の残党である彰義隊が壊滅させられた現場です。占領の証として新政府が建てたのならまだしも、その西郷さんの像をそれこそ江戸っ子が受け入れた理由がよく分からなかったのです。
その鍵は西南戦争にあったということがこの本で解説されています。西郷は江戸占領軍の筆頭だったけれども、結局最後は新政府に反逆したヒーローとなった、と言うわけです。完全に納得は出来ませんが、確かにそう言われてみれば、そういうものなのかも知れません。
するとやっぱり、明治維新を過ごした一般の江戸市民(東京市民)の声を聞いてみたくなります。私はやはり権力闘争を描いた歴史小説よりも、市井を描いた時代小説が好きです。「まんがら茂平次」はまさに維新を過ごした江戸っ子の話でした。宇江佐真理さんの「夕映え」もそう。他にもそんな本はないか、また探してみようと思います。