今年もいよいよF1が開幕しました。第1戦はオーストラリアはメルボルンのアルバートパーク・サーキットが舞台です。昨シーズンはホンダが突然の(しかも無様な)撤退を発表し、それ以外のチームにも金融危機と不況の波は押し寄せていて、何となくどんよりと沈みがちなオフシーズンでした。特に、F1ファン達の心を最も痛めたのは、新レギュレーションにより想像を遙かに絶する醜さとなってしまった、各チームの新マシン達の姿です。
—新レギュレーション
新レギュレーションは主に空力に絡むもので、フロントウィングとリアウィングの規定が大幅に変更に。ディフューザーにも制限が付けられました。またエンジン回転数も18,000rpmまでになるなど、スピードを落とす方向への変更が主となっています。そんな中で唯一、逆方向に変化したのがタイヤです。久しぶりにスリックタイヤが復活。これも空力ではなくて、メカニカル・グリップ重視へという流れの中の変更かと思われます。この結果、異常に小さなリアウィングにのっぺりした馬鹿でかいフロントウィングをつり下げた妙なマシンばかりになってしまいました。
そしてKERSの導入。ブレーキのエネルギーを貯めておいて、ここぞという時のブーストに使おう、というシステムだそうです。オーバーテイクを生み出す、という目的は分かりますが、技術的に難しい面が多く、コストアップ要因ではないかと思います。その点どうなんでしょう? これこそ全チームが等しく使える共通ユニットだったら分かるのですが。結局のところ今回のレースでKERSを導入したのはフェラーリ、マクラーレン、BMW、ルノーの昨年の4強チームでした。
—ブラウンGP発足
色々な混乱の中でスタートした2009年シーズン。ホンダが手を引いたブラックリーのチームは、なかなかチーム体制が決まらないまま3月を迎え、時間切れ寸前になってから結局、チーム代表のロス・ブラウンがチームの株式を引き取る形で、ブラウンGPが発足しました。開幕直前のバルセロナの合同テストに現れた、ブラウンGPのマシンは、スーパーアグリを思わせるような真っ白な車体(=スポンサーがいない)にバナナ色のラインのみ。マシン自体はホンダが2シーズンを棒に振って開発してきたものがあったとはいえ、ホンダ撤退のゴタゴタに翻弄され、オフ中の開発もままならなかったわけですし、そもそもエンジンをメルセデスに変更するという大改造を余儀なくされたはずです。
満身創痍でやっと走るだけは走るマシンが出てきたかと思えば… 開幕直前のバルセロナとヘレスの合同テストの結果は、周囲を唖然とさせるものでした。ブラウンGPはなぜそんなに速いのか?スポンサーを得るためのパフォーマンスに過ぎない、という意見もありましたが、だからと言って、トップタイムが簡単に叩き出せるものではありません。どうにも腑に落ちないまま開幕戦が近づくに従って今度は、一発の速さはあるけれど信頼性はないはずだ、という論調まで飛び出してきました。いや、実際多くの人がブラウンGPの速さが本物だとは心の底から信じていなかったはずです。きっと何か裏があるに違いない、レースになればボロが出るに違いない…。
—波乱のフリー走行、予選
そしていよいよ始まったオーストラリアGPのフリー走行。ここで激しいトップ争いを繰り広げたのは、フェラーリとマクラーレン… ではなく、なんとブラウンGPのジェンソン・バトンとウィリアムズのニコ・ロズベルグでした。ウィリアムズは数々の栄光の歴史を持つ名門チームですが、メーカーワークスに押され、最近はすっかり中段グループに落ち着いてしまっています。ブラウンGPの速さがメルボルンでも健在というだけでなく、それに対抗できるのが昨年コンストラクターズ・ランキングで8位だったウィリアムズというのが、更にファンを驚かせます。一体今年はどうなってしまったのかと。
ちなみに昨年まで別世界の速さでトップを争っていた、フェラーリとマクラーレンはトップ10に入るのもやっとと言った有り様です。同様に昨年後半にフェルナンド・アロンソの力でもって、優勝争いに加わるようになってきた、元チャンピオン・チームのルノーもイマイチパッとしません。BMWも然り。
その流れは予選になっても変わらず。いや、フリー走行ではなんとかトップを守っていたウィリアムズのニコ・ロズベルグが伸び悩む中で、ブラウンGPの2台が異次元のスピードを見せ始めます。昔からこういうシーンは何度も何度も見た気がするのですが、タイム的には圧倒的な差と言うほどではないものの、実際の雰囲気としては全く他を寄せ付けない余裕が、トップの2台には感じられました。Q3に至っては完全にバトンとバリチェロの一騎打ちになっていましたし。
今年はレギュレーションが大きく変更になったとはいえ、わずか1シーズンでこれだけがらりと勢力図が入れ替わってしまったということは、ほとんど記憶にありません。単にブラウンGPだけが強くなったのならまだしも、グリッド上位にはウィリアムズやレッドブルが並び、フェラーリやマクラーレンやルノーは、10位前後に沈んでいます。まるで昨年と上下がひっくり返ってしまったかのよう。いったいこのレースはどうなってしまうのだろう?今シーズンはどうなってしまうのだろう?と期待半分、心配半分の複雑な気持ちになってきます。
—ひどい決勝レース
そして迎えた決勝レース。本当に「ひどい」レースになりました。この「ひどい」には、必ずしもネガティブな意味だけが込められたものではありません。ポールポジションからスタートを決めたバトンは、あっという間に後続を引き離して行きます。途中セーフティ・カーが入るなどして、築いたギャップを失いましたが、再スタートのたびにまたまたスタート時の再演。あっという間に後続を引き離すスピードに変わりはありません。レース戦略も至ってコンサバ。信頼性の問題もなく、ドライバーのミスもなく、あっけないほど簡単に優勝してしまいました。いや、もちろん簡単に見えただけで現場は違っていたと思いますが。何しろ、優勝経験が非常に少ないチームですので、圧勝の仕方を知っているのはチームオーナーとなったロス・ブラウンだけだったことでしょう。
平和なバトンのトップ独走に対し、2位以下はメチャクチャなレース展開。2番グリッドからスタートに失敗したバリチェロは、1コーナーで多重クラッシュを引き起こしつつ、それでも何とか切り抜けて出入りの激しいレースとなりました。代わりに表彰台を争っていたのはニコ・ロズベルグやセバスチャン・ベッテルなどなど。フェラーリの2台もなんだかんだで序盤はトップ5圏内を走行し、決勝での勝負強さを見せていました。一方でチャンピオンのルイス・ハミルトンを擁するマクラーレンは2台揃ってスタート位置が後方過ぎたためか、ポイント圏外に。
2回のピットストップ、2回のセーフティ・カー導入で順位はめまぐるしく入れ替わり、何が何だかますます分からなくなります。そんな中残り数周のところで発生したベッテルとクピサの接触事故。それぞれ2位と3位のポジションを棒に振ってしまいます。映像では明らかにクピサの方がスピードがあり、ベッテルが抜かれるのは時間の問題に思われましたが、問題のシーンで前にいたのはベッテル。しかもインラインを取っています。しかし、コーナリングスピードが圧倒的にクピサの方が速く、接触した時点で前にいたのはクピサ。しかもクピサはベッテルの進路を塞いだわけではなく、ラインを1本残しています。
接触の結果2台ともリタイアになりましたが、レース後の裁定では結局ベッテルにペナルティが課されました。接触後、チームラジオでしきりに謝るベッテルの声が流れていましたが、やはりインラインを抑えていたとはいえ、ベッテル側に接触を防ぐ余地があったと言うことなのでしょう。レース後のコメントでクピサは「どうせ抜かされるのは時間の問題だったのに、ベッテルは無理する必要はなかった」と言っていたそうです。しかし、時間の問題だったらなおさら、このコメントはクピサにも跳ね返ってくるのではないかと思います。
その結果、いつの間にか2位に上がっていたのは、なんとスタートで失敗して以来下位に沈んだと思われていたバリチェロでした。いったいいつの間にここまで追い上げてきていたのか? ベッテルやクピサ以外にも、フェラーリの2台もいつの間にか消えています。マッサはマシントラブル、ライコネンはミスによるクラッシュだったようです(デフのトラブルという情報もあり)。バリチェロはしぶとくコース上に生き残るだけで4つもポジションを回復したわけです。
後はご存じの通り。なんと、2009年の開幕戦は誰も予想していなかった、ブラウンGPのワン・ツーとなりました。そして気づいてみればマクラーレンのハミルトンがちゃっかり3位に入っているという勝負強さ。この位置には本当はアロンソあたりがいるべきだったのではないかと思います。
それにしても、新生チームがデビュー戦の予選と決勝両方でワン・ツー・フィニッシュしたなんてことが過去にあったのでしょうか? いずれにしろ信じがたい結末です。
—今シーズンの見所
開幕戦だけでシーズンを占うことは出来ませんが。今回のレースで分かったことは、ブラウンGPの速さは本物だと言うことです。こればかりは、運やコースとの相性や偶然によるものではありません。もちろん、長いシーズン中、色々なことが起こるでしょうが、マシンの素性の良さという点で、現時点ではどのチームよりも1歩か2歩アドバンテージがあるようです。
これまであれば、こういう場合でも資金を潤沢に持つ大チームが、どんどん開発を進めてきてヨーロッパ・ラウンドが始まる頃には、復活を遂げているのが常です。しかし今シーズンはテスト規制や、風洞規制もあり、シーズン中のマシン開発には、かなり手かせ足かせがはめられた状況です。それでも、資金のあるチーム、そして政治力のあるチームは、何かをやってくることでしょう。エンジン開発が禁止された昨シーズンだって、明らかにパワーアップしていたエンジンがいくつもありましたし。
いずれにしろ、今シーズンに期待することとしては、ちょっと優等生的なコメントかもしれませんが、ブラウンGPとフェラーリ、マクラーレン、ルノー、BMWあたりの追いつ追われつのシーズン、というのを期待したいと思います。
—もしもホンダが…
ところで、なぜブラウンGPはこんなにも速くなったのでしょう? ホンダが昨年までに開発したマシンがそこまで良かったのか? 日本からの現場を知らない横やりがなくなり、ロス・ブラウンのマネージメントが力を発揮し始めたのか? それとも単にメルセデスエンジンが素晴らしいのか。論争になっているディフューザーのおかげなのか? 今シーズン参戦している10チームの中で、資金面含や人材面め、オフ中にもっとも不安定な状態にあったチームであることに間違いはありません。それを考えると、この強さは本当に驚異的です。
もし、ホンダが我慢して今シーズンも参戦を続けていたらどうなったのでしょうか…? なんてことを考えるのはやめておきましょう。今更ホンダにはその技術力のすごさを証明する手立てはありません。彼らは自らそれを価値がないものとして捨ててしまったのですから。
—魔女
グロッグとトゥルーリのドライバー達はかわいそうな話です。グロッグは「チームは魔女狩りの標的にされている」と話したそうですが、実態が「魔女」なのですから仕方ありません。今回予選失格の理由となった、フレキシブルウィングですが、数シーズン前にフェラーリが導入していたとして、やはりレギュレーション論争になったものです。今になってこんな古くさい不正でペナルティを受けるとは情けない話です。土曜日の予選前、地上波放送で特集していた、プロジェクトX風の嘘くさいドキュメンタリーは、ギャグのつもりだったのでしょうか。フジテレビはホンダがいなくなって、担ぎ上げる対象が一つになり、何振りかまわぬ持ち上げようですが、空回りというかバカバカしさと空しさが残るばかりです。多くのファンは実態を見ています。
撤退したのがホンダではなくてもう一つの方だったら良かったのに… なんてことを考えるのはやめておきましょう。
トゥルーリに下されたレース後の裁定については事実がよく分かっていません。セーフティ・カー導入時のハミルトンとのポジション取りで何か問題があったようですが。レース結果を左右するようなペナルティはなるべく避けるべきだと思うのですが…。マシンのレギュレーションだけでなく、こういうレース・レギュレーションも変化して欲しいものです。
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さて、次のレースは早速今週末、マレーシアGPです! またまたブラウンGPが独走するのでしょうか?
>>馬鹿でかいフロントウィング
トピックスの映像を見ただけでも他車に踏まれていたシーンが幾つかあったような…
『機能美』を全然感じない、ダサさ振り満点のように感じました。
○0223.さん、
機能美ってイイ言葉ですよね。今年のF1はその逆を行ってるようです。機能を制限しているのだから、格好悪くて当たり前なのか。妙な角が生えまくった昨年までのマシンも、当初はひどいものだと思っていたのに、いつの間にか見慣れていました。今年のマシンもそのうち見慣れてくるのでしょう。そしてチャンピオンマシンはやはりかっこよく見えるのかも。強いモノは美しい… と(^^;
翌日のニュースでブラウンGPが「旧ホンダ」と表記されてて複雑な気持ちになりました。
バトンの異次元な速さはいったいどうなっているのか?と気になって仕方ありません。奇跡の復活?!ですね。
しかししかし、ここまで大幅に勢力図が変わる事ってあるんでしょうかね。
ファン歴の短い私にはとくかくビックリする事ばかりです。
キミファンとしては大きな不安を残した開幕戦でした。(涙
でもやはりF1は面白いです。
次はマレーシア。中国あたりで色々変わってくるかな?
○アマグリさん、
「旧ホンダ」という表現は微妙な感じですね。ブラウンGPって書くよりは、日本向けニュースとしては分かりやすい、ということかと思いますが。
ブラウンGPの速さについては、ディフューザー問題がいよいよ話題に上がってきましたね。今シーズン調子の良い3チームは、いずれもレギュレーションの隙を突いた、グレーなディフューザーを使っているそうで。変な政治力が働くような、イヤな予感がします。
フェラーリはあまりにも調子悪くてイタリア人ファンもびっくり、というニュースがありましたっけ。キミの不調はまだ続いているんですかね。
なんだかんだで今シーズンも目が離せません。
あ、ちなみにトゥルーリに下されたペナルティは取り消されて3位に復帰。代わりにハミルトンにペナルティが課されて、レース失格になったようです。レーススチュワードの調査に対し悪質な嘘をついたという理由で。嘘のせいでトゥルーリにペナルティが課されていたと。しかし、スチュワードは当初、なぜトゥルーリの言い分は却下して、ハミルトンの嘘を信じたかについては説明がありませんが。
開幕戦からドタバタすぎ。