酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

沖縄の旅:観光編(2)

 観光編(1)の続きです。お昼ご飯を食べ終えたら那覇市街に再び入り、次の目的地を目指します。レンタカーの返却は午後5時45分まで。まだ4時間ほどあります。その間、ゆっくりと首里近辺を見物する予定。首里城は沖縄でも一番有名な観光地だと思うのですが、そのわりに入り口がよく分からずに少し迷いました。当初はそもそも車で行く場所ではないかも?と心配しましたが、首里城の公共駐車場は巨大な立体駐車場で、キャパは十分あるようでした。

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 天気が悪いとは言え週末ですのでそれなりに混んでいます。ここはもちろん19年前にも来ているはずですが、ほとんど記憶にありません。いずれにしてもその後も再建、修復が進んでだいぶ様子が変わったはずです。

首里城

 琉球王朝の中心地。城であり王宮でした。世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の中でも中心となる遺跡です。やはり沖縄に来たからにはここを見ずには帰れません。

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 二千円札にも描かれている守礼門です。もっと大きいと思い込んでいたので、これが守礼門だと分かってちょっとびっくり。明治維新による琉球王朝の終焉とともに首里城など琉球王朝の施設は急速に荒廃し、単に古いからと言うだけの理由で明治時代に取り壊されたり、最後は太平洋戦争で壊滅的な被害を受けるわけですが、戦後かなり早い時期に修復されたのがこの守礼門だそうです。

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 その後もいくつもの門が続きます。その両脇にはシーサーがいます。いずれも明治から昭和にかけて失われたものを再建、または修復されました。しかし何百年も前からそのまま残っているかのような佇まいを見せています。

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 広福門をくぐった先の広場で宮廷舞踊が再現されていました。オープンな舞台でやっていて誰でも見ることが出来ます。私が行ったときにちょうど行われていたのは「伊野波節」と呼ばれる踊りでした。

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 ここまでは無料ですが、奉神門をくぐって正殿前の広場へ入るには料金がかかります。正殿前の広場はこんなところでした。中心の赤い通路に対し、なぜか正殿は正対していませんが、何か意味があるのでしょうか。

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 琉球王朝時代、この正殿前広場ではこんな風なことが行われていたのではないかと思われます。この写真は正殿内にあったミニチュアを撮影したものです。

 ここまでくぐってきた門や城壁などもそうですが、建物の外観は明らかに台湾や中国の影響を大きく受けていたことが一目で分かります。

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 外見に対して内部の居室はこんな風に和風だったり。琉球は日本と中国の文化が混ざり合った貴重な文化や技術を持っていたのではないでしょうか。王様が変わるたびに中国からは使者が来たそうですし、支配者として日本、というか薩摩からも役人がたびたび訪れていたそうで、政治的には非常に微妙なバランスの上に成り立っていたと思われます。

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 一方で王様が座る玉座のある部屋はやはり中国風。

 正殿が復元されたのは1992年だそうで、19年前にはすでに出来上がっていたことになります。いずれにしてもこの正殿はかなり大きな建物ですが、すべて木造で再建されているようで、その内部もかなり広範囲にわたって一般に公開されています。復元した遺跡としての完成度というか説得力は非常に高いと感じました。実際この建物の下には石垣など基礎部分の遺構が眠っており、それらを守るために少しかさ上げして再建されているそうです。その遺構も一部を見られるようになっていました。

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 案内の係員の皆さんも、当時の衣装を身にまとって雰囲気を作り上げています。

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 しかし首里城全体としてみれば、復元されて公開されている範囲はまだ半分くらいだそうです。残りの部分は立ち入りが制限されたまま。遠くから石垣を眺めるだけ。そちらのほうは知念城や糸数城などと似たような雰囲気を醸し出していました。

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 首里城は山の上にあるので、眺めが良いはず。晴れていれば那覇の街の向こうに青い海が見通せたのかも知れません。

玉陵

 首里城を出たらそのすぐそばにある玉陵へ徒歩で行ってみました。こちらも世界遺産に登録されている遺跡で、15世紀に造られた琉球王朝の歴代の王と王妃、その家族が眠る陵墓だそうです。

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 ここがまたなかなか凄いところでした。お墓ですので静かで荘厳な雰囲気なのは当然ですが、苔むした石を積み上げて造られたその姿には圧倒されます。見に来る人も少なくひっそりとしていました。もちろん墓室の中までは入れませんが、その手前までは公開されていて、間近にそれらの建物を見ることが出来ます。

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 なんか、小動物と戯れる手の長いロボットがどこかからのっそり出てきそうな気がしませんか? 周囲の森の雰囲気と合わせて実際ラピュタの世界を思い出させます。いや、そうとしか思えない空間です。

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 いろいろな彫り物がありますが、その一つ一つについての解説はどこにもなく、意味は分かりません。しかしこの玉陵も戦争でかなり激しく破壊されたそうで、現在の姿は修復されたものなのでしょう。首里城もそうでしたが、そんなことを感じさせない風化ぶりです。

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 この石碑には、この墓へ入る資格のある王族についての記述がされているそうで、14世紀か15世紀に立てられたままのものだそうです。つまりレプリカではないということでしょうか。すぐに触れる状態で立っています。戦争をくぐり抜けたのかどうか分かりませんが、ここにずっと立っていたと思うと不思議な感じです。

金城町石畳道

 玉陵を後にしたら今度は首里城の南西側に回り込んでみました。ここに山を下る細い石畳の道があります。日本の道100選に選ばれており、この石畳も琉球王朝時代に敷かれたものだそうです。

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 端から端まで散歩して引き返すつもりだったのですが、現地に着いてみれば急な坂道だったことに怯みました。そうか、首里城は山の上にあるのだから当然そこから放射状に延びる道は坂道になります。なので、下りは良いですが引き返すことを考えると、下まで降りるわけにはいきません。とりあえず、行けそうなところまで行ってみることに。

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 幅は2〜3mほどの細い道で、両側は昔ながらの琉球風の建築物が点在し、街道全体として文化遺産的な価値があるものばかりだそうです。しかし、ほとんどは普通に個人が暮らしていたりするので、それらの建物自体は見せ物にはなってないので、入り込んだり覗き込んだりしてはいけません、という注意書きが所々にありました。

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 途中からは石畳の間に苔が生えていて道の色が変わりました。でも、これ以上下ると帰れなくなりそうなので、残念ながらここで引き返すことにしました。

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 見上げるとこんな感じ。途中は階段になっていたり、ただの坂道だったりいろいろです。それにしても、こんな道にも電柱立てちゃってるんですよね。なるべく写らないように写真を撮ったのですが。道沿いに人が生活しているのだからライフラインを引くのは当然で、「電柱が邪魔」なんて余所者に言う権利はないのかも知れませんが。でもなんか残念な景色ではあります。

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 上りの途中であまりにも疲れたので、途中にあったカフェでしばし休憩。かなり大粒のチーズケーキと冷たいマンゴージュースを飲んで復活。

 首里を見て回ったら時刻は5時前。残念ながら帰る時間です。レンタカーの返却場へ向かう途中、一応国際通りを眺めていこうと思ったのですが、途中からは歩行者天国になっていました。
 わずか一泊、観光したのは一日だけでしたが、それなりに楽しめました。まだまだ沖縄には見て楽しむところが一杯あることが分かりました。今度は青い海と青い空、白い砂を見に来たいと思います!あ、それから泡盛も(^^;


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