酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

今夏の読書記録:偶然出会ったインターネットの記事をきっかけに興味を引かれて読んでみた本三冊

 久々の読書感想文です。今回取り上げた本は三冊ですが、全てに共通するのは、暇つぶしでうろついていたインターネット上でたまたま目にした記事で紹介されていた本であるという点です。というか、それらの記事は全てその本を紹介するため、著者自身が登場するの半ば広告のような記事だったのですが、いずれも読ませる内容となっていて、つい記事の末尾にあるアマゾンのリンクを踏んでしまうと言う、とてもよく出来たものでした。

 いずれも7月から8月にかけて読んでいたもので、本当は読み終わってからすでに1ヶ月近く経っているのですが... このエントリーを書くのにすごく時間がかかってしまいました。言いたいことはあるはずなのに、上手くまとめられそうになくてしばらく放置していたものです。

 特に最初に紹介する「はじめての沖縄」は難しいテーマでとても複雑な感想をもたらした本です。そして是非紹介したいという気持ちは強いのに、その伝えたいこと正確に文章に落とし込むのは非常に難しいことだと思います。そして結局上手くまとまったとは思いません。

 でも、せっかく書いた下書きものを捨ててしまうのももったいないので、誤読される可能性はそのまま飲み込んで、ここらで公開してしまうことにしました。

ウチナーンチュとナイチャーの間にある境界線と非対称性:はじめての沖縄/岸政彦

はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)

はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)

はじめて沖縄に出会い沖縄病になって、勝手なイメージを沖縄に当てはめ、押しつけていた20代。本書はそんな著者の、やむにやまれぬ思考が出発点になって書かれた、切実な「沖縄論」です。この本には、初めて沖縄に行く人のための基本的な情報、その歴史や文化、そして観光名所の解説はありません。社会学者として沖縄をテーマにし、沖縄の人びとの話を聞き取りながらも、「ナイチャー」である自身が「沖縄」について語りうる言葉を探し続けて右往左往するのはなぜなのでしょうか。芥川賞・三島賞候補になった著者が描く、個人的かつ普遍的な、沖縄への終わることのない旅。著者による写真も多数収録。

 ふんわりした優しい響きのタイトルから受け印象は、まるで沖縄旅行に行く前に読むべきガイドブック、あるいは沖縄を旅した紀行文のようですが、実際のこの本の内容は全く違っています。一言で説明するのは難しいのですが、私なりの解釈では「沖縄を好きになったナイチャーが沖縄の歴史、風土、文化をより正しく理解していくための入門本」と言ったところでしょうか。

 私がこの本の存在を知り、読んでみようと興味を持ったきっかけはBuzzfeed Japanの↓この記事でした。
 最初にこの記事を読んだときは、正直言って少し気を悪くしました。だって「好きだという差別」とか「勝手に沖縄を語る人達」とは、まるで自分のことを言われているような気がしたから。

 でも... 心当たりはあったわけです。私は過去に何度か沖縄を旅行したことがあるだけで、しかもそれは普通に有名観光地を巡っただけの典型的観光旅行でしたが、そういう表面を見ただけで「いつか移住してみたいな~」とカジュアルに思ってしまう程度の「沖縄好き」であり、沖縄戦の傷跡には同情を寄せ、基地問題などイデオロギーにまみれがちな話題を避けて通り、雑なイメージで「沖縄」という大きい主語を使ってしまう典型的「ナイチャー」なのですから。

 この本は、そんな「ナイチャー」である自分と、沖縄の間にある境界線や非対称性を正しく認識し、適切な距離感を認識することについて、実際に沖縄病に罹り、長年沖縄と向き合っていくなかで、苦心してきた岸政彦氏の個人的な体験や発見、社会学者としての考えが書かれています。

 だから実際のこの本の内容は、「何も知らない部外者が勝手に沖縄を語るな!」的に突き放したり、あるいは「沖縄とはこういうものだ」という決めつけるのでもなく、むしろそう言った態度を否定し、私のような「ナイチャー」が正しく沖縄を理解していくための、そのベースとなるヒントをくれるものです。

 しかもその文章は「社会学者」という著者の肩書きから想像するほど堅苦しく小難しいものではなく、むしろ(良い意味で)情緒的、小説的ですらあり、とても読みやすい本でした。

 ですから、もし今度沖縄に旅行しようとされている方がいるなら、特に二度目三度目とリピーターとなっている方ならなおさら、ひと味違った沖縄の空気を感じたいという場合に、本物のガイドブックとともにぜひ一読をおすすめしたい「沖縄入門本」であると結論づけておきたいと思います。

御巣鷹山に流れた30年の時間の重み:悲しみを抱きしめて/西村匡史

悲しみを抱きしめて 御巣鷹・日航機墜落事故の30年 (講談社+α新書)

悲しみを抱きしめて 御巣鷹・日航機墜落事故の30年 (講談社+α新書)

3人の愛娘を失った夫妻の思い。慰霊を支えた元零戦乗りの村長。村一番の暴れん坊から「山守」に。遺族から慕われ続けた日航社員。遺族会をまとめあげた母の執念。事故直後に生まれた遺児の感概。新妻を失った男性の「それから」。あの遺書が自分を育ててくれた。真相究明を続けた事故調査委員。悲しむ人と寄り添う人の感動秘話…悲劇の事故から30年。深い悲しみの果てに遺族たちがつかんだ一筋の希望。感動秘話。

 1985年8月12日に発生した日本航空123便の墜落事故から今年ですでに33年が経過しました。色んな意味で事故処理(少なくとも表に見える面で)は終わり、すでに世間的には昔話となってきた感もあります。しかし操縦不能に陥った巨大な飛行機が30分以も上空を彷徨い、人里離れた山奥に墜落して520人もの命が一度に奪われた事故が社会に与えた衝撃はあまりにも強く、これだけ時間が経過した後でもその余波はあちこちにまだ残っています。

 これまでにもこの事故を扱ったドキュメンタリーや小説など、数々の関連本が発行されてきましたが、この本は今からたったの3年前、事故後30年が経過した2015年の夏に発行された、JAL123便事故関連ではかなり新しい本です。四半世紀以上が経過してなにか新事実が出てきたわけでもなければ、事故を単に「過去の歴史」として昔話を語っているわけでもありません。この本では、事故後の30年という時間の経過が、容赦なく遺族や関係者の上をどのように過ぎていったのか? その結果ある「今」に、あの事故が何を残していったのか?が書かれています。

 大手マスコミの記者だった筆者が、仕事とプライベートの狭間で揺れ動きながら取材した遺族の方々、日本航空の職員など、一部の関係者の人々にとっての30年という月日の流れを追ったドキュメンタリーであり、上に引用した紹介文では「感動秘話」みたいな安っぽい言葉が使われていますが、内容は決してそんな胡散臭いドラマ仕立てではありません。もっとリアリティがあって、それだけに重苦しくて、家族を亡くした人の話に「感動」があるはずもなく、ただただ悲しく辛い記録です。

 そのさわりの部分はこの記事で読むことが出来ます。私もたまたまこの記事に行き当たり、どうしても続きが読みたくなってKindle版を買ってしまった、というのが本当のところです。3人の娘さんを一度に奪われた夫婦の話をはじめとした、遺族の方々の体験には本当に絶句します。

 ジャーナリストの筆らしく、遺族の方々への取材を通し、遺族会の活動やその功績、さらには未だ解決されていない日本の航空事故調査の問題点なども指摘されています。

 さらに、わずかな救いがあるとすれば、加害側当事者であった日本航空の態度が、経営破綻と再生の結果好転し、事故記録の保存に前向きになったことです。現在も羽田整備場にはJALの社内研修施設として「安全啓発センター 」があって、一般の見学も受け付けているそうです。飛行機を愛する一人としていつか見学に行きたいと思っています。

ネット系保守論壇の裏事情:愛国奴/古谷経衡

愛国奴

愛国奴

知的下流社会に響く、ネトウヨ狂騒曲、あなたの知らない「保守」の世界。

 本書の筆者、古谷経衡氏と言えば、独創的なその風貌(特に髪型)が印象的ですが、俳優でもミュージシャンでも歌舞伎町のホストでもなく、硬派な政治向きの話をテレビでしたり、ネットメディアで記事を書いたりしている文筆家(って何だ?)です。そんな彼が書いた初の「小説」というところにちょっと興味を持ちました。

 その内容はと言えば、反米保守の立場を取る筆者が、いわゆる「ネトウヨ」的なものに支えられた保守論壇を揶揄し、その内幕を糾弾するものです。

 実はこの本もネットでたまたま目にした↑この記事を読んで、つい買ってしまったものです。テーマとして興味があった訳ではないのですが、怖いもの見たさというか何というか、そんな感じです。

 小説であるからには内容はフィクションなのですが、いちいち登場団体や登場人物達には明確なモデルが存在しているようです。となると、主人公である南部昭一は古谷氏自身をかなりの部分写したものに違いありません。すると波多野は?土井は...? と、いろいろ想像できてしまいます。

 2014年までCS放送していた保守系放送局の経営形態については、なるほど!と思うところはあるものの、それ以外についてはどこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションか分からず、そう考えると小説としては、なんだかひたすらどうしようもない人物が出てくる胸くそ悪いだけの話だな、という印象しか残りませんでした。

 ぜひこの辺りの実情はノンフィクションで書いてもらいたい、とも思うのですが、逆に言うとこれは小説だから「胸くそ悪い」程度の感想で安心して読めたのであって、実際そういう本が出たとしたらとても読む気にはなれないかもしれません。