歴史と伝統のモナコGPが今年も開催されました。F1シーズン序盤戦のハイライトです。コースはご存じモナコのど真ん中を貫く市街地コース。路面は荒れており、コース幅は狭く、急な低速コーナーだらけで、およそF1マシンがバトルをするのに適したトラックではありません。
しかし歴史に裏打ちされたこのレースは、周囲のいかにもな地中海リゾートの景色とともに、典型的なF1シーンであるとも言えます。そのレースで勝つことは他のレースの勝利よりもずっと価値があると言われています。
ロズベルグはキャリアの中でも燦然と輝くことになるであろう3年連続勝利を賭け、ハミルトンはその輝かしいキャリアの中で、なぜか欠落しているここモナコでの初勝利を賭け、そして今シーズンのチャンピオンシップを賭けた戦いが見所となりました。
「何があったのか説明してくれ」 ルイス・ハミルトン
モナコのコースはとにかくオーバーテイクが困難です。1992年のマンセルとセナのバトルはとても有名ですが、それと似たような小競り合いは毎年あちこちで起きているとも言えます。
周回遅れをパスするのにも苦労するこのコースでは、トラックポジションをキープすることが絶対有利。なので何より予選は超重要です。ハミルトンは過去2年間ロズベルグに予選で負け続け、そのままレースにも負けた反省から、今年は見事にポールを奪い取り、スタートも完璧に決めた時点で、ほぼ8割は勝ったも同然となりました。
その勝利を失うとすればマシントラブル、そしてドライブミス。しかし今回はそのどちらの可能性も低く、盤石のレースを進めて我々ファンをいくらか退屈させていたところで、予想もしていなかったことが発生します。
事件はフェルスタッペンとグロージャンの接触事故により、バーチャルセーフティーカーに続き、セーフティカーが導入されたときに起こります。トップを独走していたハミルトンは、なぜかピットに飛び込みタイヤ交換を行います。事故で飛び散ったパーツを踏んでタイヤを傷めたのか? と誰もが思ったはず。とすれば、とっさに1992年を思い出した古いファンも少なくないでしょう。
ピットインの直前でハミルトンとロズベルグとのギャップが実際にどのくらいあったのか分かりません。バーチャルセーフティカー中に縮まっていたのかもしれませんが、ピット作業を順調に終え、後続車をやり過ごすために1秒ほどロスしたものの、コースに戻ってみたらなぜかハミルトンの目の前には赤い車がいました。ロズベルグどころかベッテルにも前に出られてしまったのです。
そこで思わず無線に流れたのが冒頭のコメントです。どうやらハミルトンのタイヤ交換はトラブルではなく、念のために行っただけの不必要なピットインだったようです。これは取り返しの付かない決定的な判断ミスでした。トップを走り、タイヤは最後まで持ちこたえることが分かっていたのですから、ハミルトンが自ら動く必要は全くなく、後ろで何が起ころうと、トラックポジション重視の原則を貫かないといけなかったのです。
再スタート後、誰よりも速いマシンを持ち、新品のスーパーソフトを履いていても、ベッテルのフェラーリを抜くことは出来ません。そうしているうちにロズベルグはどんどんと逃げて行ってしまいました。
そう、過去の歴史が散々証明しているように、ここではどんなに前のマシンより速くても、抜くことは出来ません。それでも仕掛けるには相当分の悪いリスクを冒すことになってしまいます。チャンピオン争いをしているハミルトンには出来ません。
とはいえ、そこには素人考えでは及ばない、もっと複雑な出来事が絡み合い、情報が錯綜し、瞬時に判断しなくてはならなかったのでしょう。「トラックポジションが絶対」なんてことは百も承知のプロが完璧に判断を誤ったのですから。ハミルトン自身も「みんなタイヤを替えたと思っていた」とコメントしています。どんなにテクノロジーが発達しても、レースを動かしているのは人間だと言うことが良く分かる事件でした。
不必要なピットインによってみすみす優勝を逃したハミルトンのレース後不機嫌さは際立っていました。それでもちゃんと表彰台イベントをやり過ごし、インタビューにも無難に優等生なコメントで答え、必死に感情の爆発を抑えるだけの精神力はあったようで、見ている方もホッとしました。
まぁハミルトンの怒りと失望は無理もありません。その後のチームの反省会は修羅場だったことでしょう。ちょっと覗いてみたい気もします。
「これまでで一番ラッキーだった」 ニコ・ロズベルグ
そりゃそうでしょう。諦めかけていた優勝が、3年連続のモナコの勝利が「棚ぼた」で転がり込んできたのですから。ルイスの姿がないままセーフティカーに追いつき、バックミラーにメルセデスのマシンが見えたときには、コクピットの中で笑いが止まらなかったのではないかと思います。
「I’m happy! I’m happy!!」 セバスチャン・ベッテル
幸運と言えばベッテルも「棚ぼた」の2位を得ることが出来ました。ハミルトンのピットアウトとはタイミング的に微妙だったものの、ほんの0.5車身の差で前に出ることが出来ました。不機嫌なハミルトンと、それを無視して喜ぶロズベルグに間で微妙な空気が流れている、表彰台インタビューで、カメラとマイクに割り込んできたベッテルは一人「I’m happy!」と言いながらおどけていました。空気が読めないのではなく、空気を読んでの行動だと思われます。
ホンダ初ポイント
トップ争いの事件がなければ、今回のレースの一番のハイライトはホンダの初ポイント、それも8位で4ポイントの獲得でした。ジェンソン・バトンは惜しくもQ3進出を逃したものの、レースではしぶとく生き残り、見事念願のポイントを獲得。
一方で残念だったのは、アロンソにまたもや信頼性の問題が発生したこと。ダブルポイントもすぐそこまで見えていたのに。
ただこの結果はモナコの特殊なトラックだからこそ得られたものかも知れません。今後はまた厳しいレースとなりそうです。
次回は2週間後、いったん大西洋を渡ってカナダGPです!