理屈が通らねえ

投稿者: | 2013年5月2日

理屈が通らねえ (角川文庫)

理屈が通らねえ (角川文庫)

  • 作者: 岩井三四二,西のぼる
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2013/03/23
  • メディア: 文庫
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苦労して解いた算法の難問「十字環」に、旅の算法者が新しい解き方を示したという。面目を潰された江戸算法塾・長谷部塾の二文字厚助は、“刀を抜かぬ果たし合い”をすべく、謎の算法者を追う旅に出た。ある日、山の土地分割を巡り争う村に立ち寄った厚助は、得意の算法を使い山を測ってやるのだが…。事件、騒動、銭勘定。算法ならば通る理屈も、人の世ではまるくおさまるためしなし。悪戦苦闘の珍道中、痛快時代小説。

 全くもってこの世の中は「理屈が通らない」ことばかりです。大きなことから小さなことまで、何をどうするとそうなってしまうのか?呆れることばかり。しかし人によってその「理屈」が異なっていたりして、お互いに「理屈が通らない」と思い込んでたりするからまた厄介だったりします。いえ、そういう複数の考え方があるのは本来「理屈」とは呼ばず、せいぜい「屁理屈」程度のことなのかも。
 よく言われるように数学の問題には答えが必ず一つ(解がない、解が複数あるという場合も含め)なわけですが、それはすなわち「理屈は一つ」であることを意味しています。唯一の「理屈」は誰にも否定できないはず。

 この小説は江戸時代の算法者、二文字厚助が江戸から旅に出た先々で出会った、様々な事件の顛末の物語です。世の中何かと「屁理屈」ばかりがぶつかりあってスッキリしないことだらけなのは、泰平の江戸時代の田舎でも同じことだったようです。土地問題、給与問題、そして水の配分などなど数字に関わる諍いは常に大問題でした。そこに高度な算法を用いて二文字厚助が筋の通った唯一の答えを導くわけですが、魑魅魍魎な人間社会では、その唯一の答え、唯一の理屈さえも一筋縄では通りません。そんな理不尽に立ち向かう若き厚助の奮闘記です。

 二文字厚助の部屋住みとしての生い立ちはともかく、江戸時代における和算、算術の周辺事情、さらには江戸周辺の農村や漁村の暮らしぶりなどなど、今まで読んできたどんな時代小説にも書かれていなかったエピソードがふんだんに取り入れられていて、とても新鮮で興味深い内容でした。そして商家はもちろん農家も算術とは無縁ではいられません。いえ、むしろ農家のほうが日々数字と戦っていたと言えそうです。そんな中、江戸から来た算術の免許持ちであるというだけで、庄屋がもてなしてくれる文化があったとは、全く知りませんでした。
 そんな珍しい背景の上に展開される「理屈が通らねえ」お話の数々。「コメディ」といっては言い過ぎですが、ニヤニヤしながら肩の力をぬいて気楽に楽しめる「面白い」時代小説です。

 さて、二文字厚助には旅をする目的があります。その目的については上に引用した内容紹介にさらっと書いてあるわけですが、これだけでは何のことやら分からないでしょうが、要するに人捜しの旅なのです。物語の最初はその目的が明確に明かされておらず、仄めかされるだけ。もしやこれってシリーズものの途中から読み始めてしまったのかも?と一時は心配しましたが、それは旅が進むに従って少しずつ厚助が旅をする理由、その謎の人物を追う理由が明らかになっていきます。

 そしてオチはもちろん算術がらみ。巻末には厚助が旅をするきっかけとなった算術の難問について詳しい解説がされています。あるいは有名な問題らしくググればたくさんの解説が出てきます。しっかり考えればきっと私のような素人でも分かるような気はするのですが、実際のところしっかりと読む気にはなれません。でもその難問の答えが理解できなくてもこの小説は十分に楽しめます。要は理屈がスッキリ通る算術についてのお話ではなく、理屈が全く通らない人間社会のおかしさ、面白さを書いた小説なのですから。

しかし、糸居村ではなにかまちがえたのだろうか。
いや、なにもまちがえてはいない。誤りを指摘しただけだ。理屈は通っている。通らないほうがおかしい。
それにしても、勘定を合わせるのもむずかしいもんだな。
算法の勘定ももちろんだが、人の気持ちの加減乗除はもっとやっかいだ。

 うん、いつの時代もそこに理屈を通すのは無理ってもんです。