鼠、闇に跳ぶ

投稿者: | 2012年7月8日

鼠、闇に跳ぶ (角川文庫)

鼠、闇に跳ぶ (角川文庫)

八幡祭りで賑わう夜。大川に架かる永代橋が落ちた!あまりに大勢の人出で、橋が重みに耐えられずに起きた事故だった。だが犠牲者の中にひとり、肩口に大きな刀傷のある女がいた。殺しか―?いわくありげな女の正体と事件の真相を鼠が追う!昼の顔は“甘酒屋の次郎吉”と呼ばれる遊び人。しかし夜になれば江戸の正義を守る盗賊・鼠小僧。庶民の味方“鼠”が活躍する痛快時代小説シリーズ第2弾。

 「鼠、江戸を疾る」の続編、鼠シリーズの第二巻です。この新作をずっと待っていました。作者が赤川次郎さんとあって、佐伯泰英さん並にどんどん新刊が発行されるかと思えば、きっちりと二年以上待たされました。

 赤川次郎さんと言えば「三毛猫ホームズ」シリーズが有名なわけで、私も中学生の頃に数冊読んだ記憶があります。そんな諸々のイメージからすると彼が時代小説を書くとはとても意外な気がするわけです。しかし、どちらかというと懐疑的な気持ちで読みはじめた前作は、思わず五つ星をつけてしまうほど面白かったのです。なので、この二作目にはとても期待していました。

 主人公はタイトルにもある「鼠」です。時代小説で「鼠」と言えばもちろん、泥棒にして義賊として有名な鼠小僧次郎吉のこと。鼠小僧については実在の人物なのですが、事実とは別に語り継がれるうちに色々と尾ひれが付いて伝説化してしまっています。それを逆手にとって、このシリーズの鼠小僧こと次郎吉は、赤川次郎さんが組み立てた完全なるオリジナルキャラクターとなっています。

 今作では文化四年(1804年)の永代橋崩落事件を物語の背景に使ったりして、江戸のリアルな空気感と軽妙な赤川ワールドが絶妙に混じり合って、とても読みやすく面白いお話しの連続です。泥棒を主人公に据えているだけあって、堅苦しい正義が振りかざされるわけではなく、毒をもってより強い毒を制する「勧悪懲悪」と言えるわけです。

 私個人的にも完全無欠の清く正しいヒーローよりは、こういった裏があって欠点もある人間らしい人間が活躍する物語の方が好きです。そう言う意味では義賊としての「鼠小僧」の伝説はしっかりとこの赤川ワールドの中にも生きています。台詞が多くて、台本的というか映像的な文章で綴られる江戸の闇、その中を飛び跳ねる鼠。

 むしろその次郎吉はダメ人間ぽさが随所ににじみ出ているのに対し、妹の小袖の方がしっかりしていて一枚も二枚も上手だったりします。落語に登場しそうな軽快な掛け合いをする二人。どこかコメディっぽさが漂う中で、二人が関わる江戸の闇には重苦しい事件が横たわっています。決して「めでたしめでたし」で落ちが付くわけではない、ハードボイルドさもあり、とても上質な読み味の時代小説です。

 すごく奥が深くて読み応えがあるのに、気軽に読めてしまうので誰にでも安心して勧められます。

 【お気に入り度:★★★★★】