心星ひとつ

投稿者: | 2012年4月13日

心星ひとつ みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)

心星ひとつ みをつくし料理帖 (角川春樹事務所 時代小説文庫)

酷暑を過ぎた葉月のある午後、翁屋の桜主伝右衛門がつる家を訪れた。伝右衛門の口から語られたのは、手を貸すので吉原にて天満一兆庵を再建しないか、との話だった。 一方登龍楼の采女宗馬からも、神田須田町の登龍楼を、居抜きで売るのでつる家として移って来ないか、との話が届いていた。登龍楼で奉公をしている、ふきの弟健坊もその店に移して構わないとの事に、それぞれが思い揺れていた。つる家の料理人として岐路に立たされた澪は決断を迫られる事に―― 野江との再会、小松原との恋の行方は!?

 先月来集中的に読み進めている高田郁さんの「みをつくし料理帖」シリーズの第六巻です。すでに第七巻まで発行されているので、これであと一巻まで追いつきました。主人公の澪は江戸時代には珍しい女料理人。身寄りもなく若くて未熟でいながら、しっかりと自立して生きています。そして心優しく真面目で、自分の人生に大きな目標を持っているしっかりした一面を持ちながら、常に迷い苦しみ続ける女性らしいか弱さと言う面でも筋金入り。「もっとしっかりしろよ!」と思わず小説の中の澪に突っ込みたくなったことも数知れません。

 そんなイライラする部分がありながらも、どうしても先が気になって読まずにはいられないのは、結局は澪が好きだからに他なりません。途中で一瞬スーパーウーマンになりかかった澪は、今作でいくつかの大きな試練に会います。何でも出来て誰からも慕われるスーパーウーマンになればなったで「胡散臭い」と感じてしまう一方で、澪に向かって「料理人の資格がない」とか「所詮はこの程度の器だな」とか、ズケズケと悪口を言う人物が現れると「こいつ、なんて嫌な奴なんだ!」と憤ってしまいます。それこそまさにツンデレ。こんな風に本に向かってやたらに突っ込みを入れ、ヤジを飛ばしたくなる物語というのもあまりありません。

 さて、今回は非常に大きな転機が澪に訪れるわけですが、正直言って最初の一巻目とこの六巻目があれば、間の四巻は一冊にまとめてしまってもイイくらいに思いました。いや、実際はそれでは物語の奥行きがでないので、この六巻目の「大きな転機」の緊張感が出ないのだろうとは思いますが。
 ともかく、澪は料理人として成長して行くにはどうしたら良いのか。天満一兆庵を再建するにはどうすれば良いのか。そして野江を救い出すにはどうすべきなのか。さらには思い人と結ばれるにはどうしたら良いのか? いろんな課題に対する岐路が一気に押し寄せ、澪とともに読者の私たちまでもが、眉を下げて一緒に悩んでしまいます。

 なので、この結末に対する評価は読んだ人それぞれなのだろうと思います。最後の最後で下した澪の決心に賛成できるか出来ないか? 「やっぱりそうでなくっちゃ」と賞賛できるのか、「ホントに愚図で融通が利かないんだから!」とまたイライラしてしまうのか。

 実際のところ私は後者の感想を持ちました。いや、物語的にはやっぱりそうなるんだろなと薄々気づいてはいたのですが、途中でとても感動的な場面で、物語中の澪と一緒になって喜んだだけに、なぜそうやって自ら厳しい道に進むのか? 「本当にバカだなぁ」と最後にはため息をついてしまいます。それじゃぁ指を切った甲斐もないじゃないかと。

 ところで「心星」とはずばり北極星のこと。いつもずっと動かない北極星は天の中心であり揺らぐことがありません。そのことを人として筋を通す、絶対にぶれない芯をしっかりと持つ、という人生の指針になぞらえているわけです。しかもそれは一つしかありません。さて、澪にとっての「心星」とは何なのでしょうか? 天満一兆庵の再建か、野江との再会か、それとも小松原との恋路なのか…。その答えは今作の中で決着を見ます。

 もう一度繰り返しますが、私としては「がっかりだよ!」と言うのが偽りのない今作に対する、いや、今作の中の澪に対する感想です。あまりにも頼りなくてますます目が離せなくなったので、次巻も必ず読みますけど(A^^;

 【お気に入り度:★★★★☆】