- 作者: 佐藤雅美
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/08/12
- メディア: 文庫
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話題の書本で先祖の名誉が汚されたので、作者を罰してほしい―。大店の老舗菓子屋の主人の訴えに、書本を罰した先例はないという紋蔵が読んでみると、室鳩巣の記した賎ヶ岳の戦いでの美談が偽りだと理詰めで証された見事な出来栄え。そんな折に作者が殺されて…(表題作)。大人気の読み切り連作長編。
佐藤雅美さんのロングラン人気シリーズ、「物書同心居眠紋蔵」の文庫最新刊です。前作「向井帯刀の発心」から1年10ヶ月。相変わらずゆっくりとしたペースで発行されており、これでようやく9巻目になりました。ちなみに単行本は文庫よりも2巻進んでいて、間もなく11巻目が発行されるそうです。
このシリーズは、宮部みゆき作品と並んで、私にとっては時代小説を「面白い!」と思い始めたルーツとも言える作品で、現在は他に色々なシリーズもの時代小説を追いかけて読んでいますが、いまだに一番楽しみにしているのはこの「居眠り紋蔵シリーズ」と言っても過言ではありません。残念ながら、上記のように発刊ペースは非常に遅いのですが。それだけに、本屋で新刊を見つけたときの喜びはひとしおです。
一度は町方の花形職である、定廻り同心になったものの、例繰方物書同心としての能力があまりにも高すぎるが故に、再び前職に呼び戻された紋蔵。今回もその記憶力と調査能力を存分に発揮します。政治の世界もそうですが、江戸時代の町奉行所における裁判は、前例および判例主義が徹底していました。その判例を管理しているのが例繰方。まさに「前例」のない珍事件が江戸の町に起きると、呼び出されて裏方としてこっそり働く紋蔵。膨大な過去の資料の中からヒントとなる事例を探しだし、それに独自解釈やアイディアを加えて裁決に対する提案を行ったりします。
そんな佐藤さんらしい綿密な時代考証の世界に生きる紋蔵は、決してエリートとして扱われず、むしろどちらかというと閑職の窓際族といった雰囲気です。なにしろしょっちゅう「居眠り」しているくらいなのですから。彼の姿はまさに現代のしがないサラリーマンそのものです。上司の顔色を伺い、納期の厳しい仕事がくれば残業をし、時間があれば同僚たちと帰りがけに一杯引っ掛けに行き、家庭内の問題に頭を悩まし、子供たちのことを思う紋蔵の姿には、なぜか共感や親近感を感じずにはいられません。歳老いてきた紋蔵と稲、麦、紋太郎、紋次郎ら大半の子供たちがいなくなった彼の家庭の様子は、昔からのファンとしては何となく物悲しい気がしますが。
このシリーズがとにかく心に残るのは、物語中で発生する珍事件の顛末がストーリーの中心なのではなく、あくまでもそういう珍事件が起こる背景、当時の社会の仕組み、そしてそれに対する人々の思い、特に紋蔵の思いが語られているからだと思います。男女の愛憎劇にしろ、親子関係のもつれにしろ、子供のいじめ問題にしろ、商売上のトラブルにしろ、なぜそういう事件が起こり得たのか?という社会背景、それらの事件に関わる人々の心の機微といったものの表現に重点が置かれています。それらは社会構造がまったく違う時代とはいえ、現代に生きる私たちにも十分に理解できるものばかりです。
今回の表題作となっている「一心斎不覚の筆禍」は、中でも特におもしろいプロットの物語でした。事件の発端は歴史書の「時代考証」にあり、その背景には当時の出版規制の問題が横たわっています。時代考証の鋭さと正確さに定評がある佐藤さんが小説の中で語る「時代考証」のありかた。本当のことを本に書いたがために引きこ起こされた事件の波紋はどんなものだったのでしょうか? 事件の決着はややこじつけすぎで唐突な印象を受けましたが、それはこの紋蔵の物語りにおいては、あまり重要なことではありません。
その他にも「糞尿ばらまき一件始末」とか「十四の娘を救ったお化け」とか「江戸相撲八百長崩れ殺し一件」とか「天網恢々疎にして漏らさず」などなど、何だかおかしな珍事件を予想させるような物語がつまっています。これらの物語の中の紋蔵は佐藤さんによる時代考証の代弁者であり、彼の言葉は当時の御定書(江戸時代の法律)とそれに沿った前例主義による社会規律の考え方そのものです。なぜそんなことが起きて、なにをどうやって決着がつけられ、誰が泣き、誰が笑うのでしょうか? 当時の生活を伺い知る上でもとても興味深い小説です。
とにもかくにも、本当に読んでいて心温まるおもしろい小説です。また2年後の新刊を楽しみにしたいと思います。
【お気に入り度:★★★★★】
はじめまして。
同じ色のSWに乗り始めたしゅうと申します。
購入検討時、ブログを拝見して、
いろいろ参考にさせていただきました。
紋蔵さんのお話、SWのことを調べているうちに、
この記事を拝見して知りました。
早速、最初の方から読み始めたのですが、
人情や悲哀、ちょっとしたサスペンスなどが、
勉強になるほどの時代考証の中で語られていて、
ついつい引き込まれてしまいました。(笑)
○しゅうさん、
はじめまして。コメントありがとうございます。
白207SW仲間なのですね! なんか、路上ですれ違ったくらいの気分です。
みんからも拝見させて頂きました。207初心者として私も今後参考にさせて頂こうと思います。
さて、居眠り紋蔵ですが興味を持っていただけてとても嬉しいです。読書カテゴリーを書き続けてる甲斐がありました。
このシリーズ、本当にお勧めです。是非全巻読んでみてください。幸い刊行ペースは遅いので、ゆっくり読み進めても追いつくと思います。仕事をする紋蔵もそうですが、父としての紋蔵にもすごく惹きつけられます。
今後もよろしくお願いします。