はて、面妖

投稿者: | 2011年4月20日

はて、面妖 (光文社時代小説文庫)

はて、面妖 (光文社時代小説文庫)

足利義昭を京から放逐し、織田信長が天下人となった。幕府御用絵師として将軍家に代々仕えていた狩野家では信長に絵を献上することにし、四代目を継ぐべく若手絵師の源四郎に選定を託した。源四郎は、無謀にもかつて足利義輝に注文された屏風絵を信長に献上することに決めるのだが―(「花洛尽をあの人に」)。戦国の世、歴史に埋もれた人間模様を描いた傑作。

 岩井三四二さんの文庫新刊です。題名からすると恐らく、「難儀でござる」「たいがいにせえ」のシリーズに属する作品と思われます。岩井三四二さんの小説は、戦国時代を舞台にした武将ものでありながら、歴史の波に飲み込まれた名もなきに等しい末端の武士達に焦点を当て、その武勇や活躍を英雄のようにまつり上げるのではなく、その苦悩を人間ドラマとして描いてることから、何となく私の好きな市井もの時代小説の面白さに通じる何かが感じられます。なので、新刊を見つけるとすぐに買ってしまいます。

 今作ももちろん舞台は戦国時代。織田信長が権勢を振るった頃から、徳川の世が始まる頃にかけて。しかし主人公は日本史の教科書には出てきそうにないような人々であり、戦国時代の世の中の事情が描かれています。先に挙げた二作は題名通りのテーマが一貫していましたが、今作を「面妖」というテーマでと考えると、それぞれの物語はちょっとわかりづらいような気がします。何がいったい面妖か?と言えば、それは人それぞれの運命というか、人生を決定づける偶然の不思議、そして他人には理解しがたい行動を取る人の謎、とでも言えばいいのでしょうか。

 ところで、今作の中で一番気に入ったのは、第六話の「修理亮の本懐」です。大坂夏の陣ので滅亡する豊臣家のお話しです。主人公は淀君と乳兄妹にして、大坂城の攻防では実務上豊臣方の総大将だった大野修理亮です。彼の大将代理としての行動を見て「はて、面妖な」と思うのは、周囲の家臣達。物語は真田幸村として有名な、豊臣側のヒーロー、真田信繁の目線から始まります。

 大坂夏の陣がどのようにして終わったかはご存じの通りで、その事実は動かしようがありません。しかし、そこに隠された修理亮の秘密。もちろんこれはフィクションというか、岩井さんの想像力が作り上げた物語だと思いますが、血なまぐさい戦の物語にして、豊臣家の最期をこんなにも美しく、ある意味のハッピーエンドに仕上げられるとは、まったくの想定外、意表を突かれました。

 そして、第二話「地いくさの星」は本当に名もなき地侍たちが自分たちの田畑を守るために繰り広げる戦の物語。岩井三四二さんらしいウィットに富んだ、ちょっとブラックな面白いストーリーと落ちです。そして第一話の「花洛尽をあの人に」は、ある意味題名にピッタリのテーマを扱った、ピリッとした緊張感のある深い歴史小説です。狩野永徳が足利義輝の依頼で上杉謙信のために描いた屏風絵「花洛尽」の謎。何とも面妖なお話しです。

 戦国時代に生きる人々は、上から下までみんな私欲と保身で動いてるだけに、とてもわかりやすくて親しみが持てますし、しかも面白いです。超人であったり聖人君子ではない、人間の姿がそこにはあるような気がします。

 【お気に入り度;★★★★☆】