おちゃっぴい

投稿者: | 2011年1月29日

おちゃっぴい―江戸前浮世気質 (文春文庫)

おちゃっぴい―江戸前浮世気質 (文春文庫)

札差し・駿河屋の娘お吉は十六、蔵前小町。鉄火伝法が玉に瑕。人呼んでおちゃぴい。浅草寺に向かって、お吉は走る。追うのは、手代の惣吉…。婀娜や鯔背は江戸の華。やせ我慢も粋のうち。惚れたが悪いか恋の顛末。笑いと涙の人情譚六話収録。

 今月発売されたばかりの宇江佐真理さんの文庫最新刊です。が、最近多いのですがこれも古い本の再版のようです。単行本が発行されたのは10年以上前のこと。その後別の出版社で一度文庫化されています。そちらが絶版になっているのか、今回新たに文春文庫から発行し直した、ということのようです。

 そんな経緯は本来はどうでも良いのですが、読了してから奥付を見てその事実を知った直後は少し意外な気がしました。というのも、読んでいて何となく、今まで読んだ宇江佐さんとは、文章もストーリー展開も、出てくる人間像も少し違う感じだなぁ、と気づいてはいたのですが、それは時代小説家としていよいよ磨きがかかって円熟の域に達してきた、最新にして最高の宇江佐さんの手によるものと勝手に思い込んでいたためです。でもなるほど、少し違う感じというのは、逆に古い作品だったということなのかと、納得してしまいます。

 この本はいわゆる完全な江戸市井もの。全六編からなる短編集です。人物設定が被っていたりもしますが、基本的には全てが完全に独立した物語。全編を通しての裏の大きなストーリーというのも存在せず、しかしながら一冊の長編を読んでいるかのような気にもなるほど、各話間の雰囲気というか流れは統一されています。

 親子、兄弟、夫婦、男と女、お隣さんと大家さん、訳ありな浪人などなど、どこにでもいそうな長屋の人々が経験するどこにでもあるような普通のちょっとした事件。きっちり起承転結があって必ずハッピーエンドを迎える、どうってことのない物語。でも、読んでいてとても安心できて気分がいいのです。私が時代小説を好きになったきっかけは、こういう物語を読んだからだったよな、と思い出しました。

 戦国武将の波乱万丈の人生や、ガツンとくる重たいテーマの小説、ひたすら痛快なヒーローの冒険活劇もいいですが、こういうしんみりくるような人情ドラマは、やはり時代小説の王道ではないかと個人的には思います。

 表題作の第二話「おちゃっぴい」もとてもいいのですが、一番印象に残ったといえば第一話「町入能」です。長屋の人々の生き生きとした雰囲気だけでなく、武士と町人は身分よりも何よりも暮らす世界がまったく違っていたと言うことを感じさせます。そんなお互い異なるバックグラウンドを持つ異邦人同士の友情。浪人と町人の関わりという設定は時代小説にはありがちですが、なんかここに出てくる人々は自然体でかっこいいのです。この物語に関する巻末の解説も秀逸です。

 【お気に入り度:★★★★★】