亀井琉球守

投稿者: | 2011年1月17日

亀井琉球守 (角川文庫)

亀井琉球守 (角川文庫)

「親の仇が、いまや味方か―」尽きぬ戦のなか、恩賞をめぐる一喜一憂も束の間、ひとたび気働きを怠れば、そこには我が身と一族郎党の死が待っている。毛利に滅ぼされた尼子党にあって、秀吉・家康という天下人の下を生き延び、流浪の身から一代で因幡国鹿野の大名にまで出世した亀井茲矩。秀吉に「琉球」を願い出た男が、戦塵の果てに辿り着いたのは―。家族と家臣を守り抜き、乱世に夢を追い続けた男の波瀾の生涯を描く。

 岩井三四二さんの小説と言えば、戦国時代を舞台にしたものが多く、私が好んでよく読んでいる江戸時代の市井もの小説とはかなり毛色が違っています。しかし岩井三四二さんの書く戦国時代の人々は、何か江戸市井の人々にも通じるような人間味があふれており、魅力を感じます。この本は文庫新刊として本屋さんに平積みされていました。タイトルに「琉球守」ときたからには、これは沖縄が舞台なのか? それは珍しい時代小説だなぁ、と興味を持って買ってみました。

 しかし、いざ読み始めてみればこれは琉球を舞台にした物語ではなく、戦国時代の山陰地方にありながら、なぜか琉球守と名乗った一人の戦国武将の物語でした。○○守という官途名は室町以降の多くの大名が持っていますが、その中でも「琉球守」と名乗ったのは後にも先にも、因幡鹿野藩の初代藩主、亀井茲矩だけです。それもそのはず、中世においては日本とは他国であったはずの名を使った「琉球守」などという官途名は公には存在しなかったのですから。

 時は織田信長と羽柴秀吉が各地の戦場で快進撃を演じていたまさに戦国時代ど真ん中。山陰を含む中国地方で一大勢力を誇っていた毛利家に敵対していた尼子党が、出雲国を追われるあたりから物語が始まります。この尼子と毛利の戦乱で主と家と家族と土地と、文字通り全てを失った少年、湯新十郎が路頭に迷いながらもその後成長し、戦国の世を渡り歩いて数十年、一国の大名亀井茲矩として大往生を遂げるまでの一生を描いた、まさに戦国武将大河ドラマです。

 五万石に満たない小身大名でありながらも、日本の中世の歴史において、鹿野藩の亀井茲矩は一定の名前を残していることを、この本を読んで初めて知りました。彼の治める鹿野藩は、徳川幕府が完全な鎖国政策を確立するまでの間、御朱印船を建造してタイをはじめとした東南アジアの国々と交易を盛んに行っていたそうです。九州や太平洋岸の大藩ならまだしも、山陰の小藩でありながらも外国に船を出していた背景には、何か大きな理由があったはずです。その秘密が「琉球守」という不思議な官途名に隠されています。

 物語はまさに冒険活劇。時代はめまぐるしく揺れ動き、いくつもの危うい戦を乗り越えていく亀井茲矩は、この小説を読む読者にとっては冒険を共にするヒーローです。なぜなら彼には夢と目的があるのですから。父の面影、母の遺言、多くの経験、その中で思い描いた夢に突き動かされているのです。それは単なる功名心や征服欲、あるいは夢物語のような理想で片付けられるものではありません。

 こんなに人間味溢れ、身近に感じる戦国武将のドラマが他にあるのでしょうか? 今まであまり興味を持ってこなかった武将ものの小説にも興味がわいてきましたが、これはやはり岩井三四二さんの筆のなせる技なのではないかとも思います。この本は本当に読み応えのある、面白い小説です。

 【お気に入り度:★★★★★】