- 作者: 柴田錬三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1960/09/02
- メディア: 文庫
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徳川に百年の泰平が文化・文政の爛熟を生んで、人情、風俗ともに退廃した江戸を舞台に、異端の剣客眠狂四郎を登場させ、縦横無尽の活躍を描く。ころび伴天連が大目付の娘を犯して生ませた混血特有の風貌で女をひきつけ。しかも平然と犯し、異常の剣”円月殺法”を振るって容赦なく人を斬る。
行きつけの本屋さんで何故か目立つところに平積みしてあったこの小説。柴田錬三郎作品と言うことで、時代小説の中では既に基本中の基本というか、古典的の部類に入るのではないかと思います。「眠狂四郎」と言えば、その名前は何故か聞いたことがあります。多分、映画やテレビドラマで耳にしたのだと思いますが、内容を見た覚えはありません。名前は知っているのに内容は知らない… いったいどんな小説なのか?と改めて興味を持ちました。そして手に取り、背表紙の紹介文を読んでみると… これは面白そう!とピンと来て読んでみることにしました。たまにはちょっと雰囲気の違う小説も良いものです。
これは参りました。昭和31年と言えば今から50年前に書かれ、それ以来これまで人気を博してきただけのことはあって、猛烈に面白い小説です。その面白さの秘密は、遠藤周作氏による解説に詳しく書かれていますので、そちらを読んで頂くとして、私が思ったのは、ともかく主人公たる「眠狂四郎」のヒーロー性にやられました。それは勧善懲悪を基本とした清廉潔白なヒーローではなく、上の紹介文にもあるように訳ありの人生を歩み、暗い影を持ち、悪事も平然と働く汚れてしまったヒーローです。
しかしその憂いある姿というか、世の中を儚んだ寂しさ、命にも富にも執着しない潔さ、本能のままに生きる純粋さに引きつけられ、アンチ・ヒーローとしての狂四郎の活躍に、自然と喝采を送ってしまいます。何が正義か何が悪かは関係ありません。敵か味方か… それだけです。
佐伯泰英さんの描くヒーローとは対極にあるようで、暗い過去を背負った人物像の深さとしては、実は共通するところがあります。一歩間違えば、というより何かがちょっと違っていれば、巌音も幹どのも狂四郎のようになっていたかも知れない… などと、全く関係のない作品の登場人物にまで重いが及ぶほど、どっぷりとこの小説の世界に入り込んでしまいました。
それともう一つ。この小説を読んでいて面白かったのは、脇役として登場する江戸っ子達の台詞の粋なことです。本当にこんなに洒落たことを喋っていたのかは分かりませんが、江戸弁というか、日本語の美しさの一端を感じてしまいました。たとえば以下のような感じです。
ふん、聞いたふうな口をきいて、お前さんがあたしを粗略にしないとでもお云いかい。こんなに惚れさせやがって。人の手前は手管と見せて、実は惚れたで胸の癪、ってんだ。女が酔って、口説くなんて、はずかしいやら憎いやら、主は、性悪、田子の月よ、ええ、ま、どこへ誠が映るやら。
こんな粋な台詞のオンパレード。意味は分からなくても読んでるだけで面白いです。舞台劇の台詞というか、一種の詩のようなもんですかね。
ともかく、このシリーズも気に入りました。いったい何巻まであるのでしょう?読みたい本リストはまたまた伸びてしまいます。嬉しいことですけど。
【お気に入り度:★★★★☆】