大江戸怪奇譚 ひとつ灯せ

投稿者: | 2010年1月23日

ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚 (文春文庫)

ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚 (文春文庫)

 キングの怪奇な小説のあとに読んだのは、宇江佐真理さんの書く怪奇小説です。宇江佐真理さんと言えば、女性らしい独特の雰囲気と視点を持った、優しい文章の心温まる人情もの時代小説で有名なだけに、怪談を手がけるとは少し意外ではあります。
 しかし心配は無用です。読んでみればやはりこれは宇江佐さんらしさが溢れた物語でした。宮部みゆきさんの書く時代小説のように、怪奇ものというよりはファンタジーに近いのかも。と言っても、あり得ない世界のバカバカしい空想物語と言うわけでもありません。
 主人公はとある料理屋の隠居、平野屋清兵衛。ひょんなことから「話の会」に参加するようになったところから物語ははじまります。「話の会」と言っても、語られるのは本当にあった不思議な話、奇怪な話ばかり。そう、日本に古くからある伝統的な怪談スタイル「百物語」のようなものです。

 物語の中で物語が語られるという二重構造。とうていあり得ないような不思議な話の分析や解釈は、現代に生きる私たち読者に直接委ねられるのではなく、江戸時代に生きる清兵衛ら、当事者たちの目線を通すことになります。そうすることで、何でもない不思議な昔話が、時代背景と共に面白く、奥深く感じられます。
 しかし、読み終えてみて分かったことは、この小説は「江戸時代の怪談」が主テーマではない、ということです。この物語の中心にあるのは、死への恐れ… ではないかと思います。隠居をする歳になった清兵衛は「話の会」に参加して、いろいろな怪奇な話を聞きながら、身近な人々の死、そして自分の死について考え、思い悩み、次のように思います。

それが命取りだ、などと人は簡単に口にするが、改めて考えるとつくづく怖い。この世で何が怖いかと言えば、それは己の命が取られることだろう。
<中略>
守る—それは祈りと同じ意味を持つ言葉だと清兵衛はこの頃思うようになった。

 この小説はある意味「聞き屋与兵衛」と同じ物語なのではないかと感じました。赤の他人の話を聞く与兵衛も、やはり自分の人生を振り返り、死を迎える準備をしていました。清兵衛も同じく「話の会」で不思議な話を聞きながら、自分の死への道を探していきます。
 そう言う意味では、怖いと言うよりもなんだかとても悲しい小説です。ラストに向けての衝撃的な展開に驚くよりも、「悲しい」と感じてしまうのは、私がまだ"死"を現実のことと考えていないからなのでしょう。"狐憑き"を現実のことと考えてないのと同じように。
 【お気に入り度:★★★★☆】