たまには気晴らしにでもと思って買って読んでみた、米村圭伍さんの「退屈姫君伝」がすっかり気に入ってしまい、続編の三冊「退屈姫君 海を渡る」と、「退屈姫君 恋に燃える」と、「退屈姫君 これでおしまい」を一気に読んでしまいました。この四冊を通して物語の中で流れる時間はわずか一年足らず。退屈姫こと”めだか”の夫である風見藩主、時羽直重が参勤交代で国許に戻っている間の出来事です。たったそれだけの間に事件が起こること起こること。しかも巻が進むにつれてそのスケールは大きくなっていきます。将軍を巻き込むほどまでに。
が、どんなにめちゃくちゃで荒唐無稽な話になったとしても、やはりバカバカしくなって白けることなく、ギリギリのところで踏みとどまっているのは流石です。そして、こんな面白いシリーズものが四巻で終わってしまうのは勿体ない、と思っていたのですが、四冊読み終わってみれば、やはり”これでおしまい”ということのようです。うーむ、残念…。だけどグズグズ続いてマンネリ化してつまらなくなり、うやむやのうちにフェードアウトするよりはいいか?とも思いますが。
ということで、”めだか”が活躍する「退屈姫君伝シリーズ」は終わってしまったのですが、このシリーズの、サイドストーリーとも言うべき小説が二冊ほど出ています。その一つが今回読んだ「風流冷飯伝」。もう一つは「おんみつ密姫おもかげ小町伝」という本。特に「風流冷飯伝」のほうはは、むしろ「退屈姫君伝シリーズ」よりも先に読んでおくべき本だったようです。
舞台は江戸ではなくて讃岐の僻地にある風見藩の城下町。時は”めだか”が風見藩の江戸上屋敷で、退屈してあくびをかみ殺している頃。そう、ちょうどめだかの夫である時羽直重がお国入りする少し前から物語は始まります。主人公は… 退屈姫君伝で大活躍するくノ一(くのいち=女忍者)お仙の兄で、幇間(たいこもち=男芸者)の一八です。なぜ妹がくノ一で兄が幇間なのか? その普通ではあり得ない兄弟の境遇については色々事情があります。そして、吉原など都会の賑やかな色町にいるはずの幇間が、なぜ讃岐の小藩の城下町にいるのか?そこについても更に色々深い事情がありますが、その辺は本を読んでのお楽しみということで。
ともかく、故あって風見城下町をほっつき歩く日々を送っていた一八が、ある日町でばったり出会ったのは冷飯食い(武家に生まれた長男以外の男子=将来が約束されていない不遇の身)の飛旗数馬。彼も冷飯食いであるが故に暇を持てあまして、毎日どうでも良い用事を作っては、あちこち散歩をしています。商売柄おしゃべりで調子が良くて無駄に愛想が良くて、しかし一方で人を信用せずに疑り深い性格の一八に対して、まじめで鷹揚で純真で世間知らずで口数の少ない数馬。生まれも育ちも性格も、置かれた立場も全く違う二人は、むしろお互いの生活に全く接点がないからこそ、なぜか惹かれ合い何となく一緒に時を過ごすようになります。
物語の表面上には「退屈姫君伝シリーズ」のバックボーンとなる重要なストーリーが流れているのですが、私的にはその大枠の起承転結のストーリーよりもむしろ、一八と数馬の交流と、その他風見藩内に暮らす冷飯食い達の人間ドラマにこの本の面白さがあるように思います。「退屈姫君伝シリーズ」はひたすらに滑稽で面白おかしいだけの話の連続でしたが、この本は基本的に同様のコメディ調ではあっても、時折どこかフッと感動を誘うような奥行きの深さを備えているようです。それは、映画の弁士か落語家が話すような口調で書かれた「退屈姫君伝シリーズ」とは違って、文章自体が一八の目線で書かれているからかもしれません。
一八は最後の最後、風見の土地を離れようとするときにこう呟きます。
「殿様も風変わりなら、それを肴に遊んでる奴等も奇妙。そしておかしな冷飯ども・・・藩主から町人までなんとものんき、何とも風流・・・。ちっ、おいらも焼きが回ったぜ。なにが風流だ。風流なのはお江戸じゃねえか。吉原じゃねえか。しっかりしろい。」
花のお江戸で風流を知り尽くしているはずの一八に焼きを入れるほど、風流で粋な風見の冷飯達とはどんな奴等なのでしょうか?
さて、一八がこの後どうなったかは「退屈姫君伝シリーズ」のほうで判明します。ついでに言うと、風見藩にはこの後もっともっと大きな問題が持ち上がります。いや、正確には「退屈姫君伝」と、この「風流冷飯伝」はほぼ同時進行の物語。この二冊はどっちを先に読んでも問題ないでしょう。そしてこれらの後日談および続編は「退屈姫君 海を渡る」とそれ以降に引き継がれていきます。私は… 読む順番を完全に間違えてしまいましたが。ま、実はそれでも大きな問題はありません(^^;
次は「退屈姫君伝シリーズ」関連小説のもう一冊、「おんみつ密姫」を是非読んでみたいと思います。メインのシリーズは終了したとしても、こうやって周辺の人物に主軸を移して横に展開していくというのも面白いかもしれません。ストーリーの組み立てと人物像の構成が相当に上手くできてないと無理な手法ですが。「退屈姫君伝シリーズ」単なるくだらないコメディでは終わっていないということが、この辺からも分かります。
おすすめ度:★★★★☆ (退屈姫君伝を読んだなら、シリーズの中の一冊として必ず読むことをお勧めします)