吹花の風

吹花の風 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

吹花の風 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

料理に毒を盛る―。「鼠小僧次郎兵衛」を名乗る脅し文が名だたる高級料亭に届き、江戸の町は騒然とする。吟味方筆頭与力となり、探索に当たる逸馬は、薬種問屋『常磐屋』の延命丸という毒で死んだ大工の熊吉こそ、「鼠小僧」張本人ではないかとの疑いを抱く。梟与力最後の裁きを描くシリーズ完結巻。文庫書下ろし。

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闇夜の梅

闇夜の梅 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

闇夜の梅 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

蓮の花咲き乱れる不忍池の畔―。思い人の伊助に、鳥居耀蔵の屋敷の絵図面を託した女は、鳥居腹心の部下・中嶋勘解由の娘だった。蛮社の獄に散った渡辺崋山の仇を討つべく、不穏な動きを見せる伊助ら浪士を探る逸馬は、背後に激化する鳥居と水野越前守の対立を見る!大好評文庫書下ろしシリーズ第11弾。

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三人羽織

三人羽織 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

三人羽織 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

初春の闇月夜、揃って命を狙われた逸馬、信三郎、八助。その理由を探る三人が行き当たったのは、南町奉行所の隠密廻り同心・岩倉が、無実の男を斬り捨てたという不祥事だった。自らの懐刀である岩倉を使い、逸馬潰しに躍起になる鳥居耀蔵。両者の対決はいよいよ佳境に!大人気シリーズ第10弾。

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惻隠の灯

惻隠の灯 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

惻隠の灯 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

底知れぬ悪の気配を漂わせる、両替商堺屋五右衛門。幕府の財政関係者など四人が無残に殺された事件の詮議中、一歩も引かない堺屋に、逸馬は背筋の凍る緊張感を抱いていた。だが、女公事師真琴は、堺屋が親を亡くした子を援助している善人だと譲らない。「悪人」の本質に迫るシリーズ新境地。

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紅の露 −梟与力吟味帳

紅の露  梟与力吟味帳 (講談社文庫)

紅の露 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

 ついこの前に前巻となる「科戸の風」が発行されたばかりと思っていたら、いつの間にか最新刊が出ていました。ちょうどこのシリーズを原作としたNHK土曜時代劇「オトコマエ2」をやっている(今週末で最終回です)関係でしょうか。いずれにしろファンにとっては嬉しいことです。
 前作ではちょっと話が大きくなりすぎでは?と感じていましたが、今作では元の路線に戻ったようです。水野忠邦を筆頭とする幕閣の権力争いを背景としつつも、その結果として江戸市井で起きる末端の事件をネタとした捕物帖となっています。
 全体的に読みやすいのですが、その中身はと言えば、政治ドラマ、歴史解説、時代考証もあり。さらに捕り物としての冒険活劇、人間ドラマ、笑い、涙、色恋沙汰あり… と、盛りだくさんの要素が詰まった贅沢な時代小説です。
 特に今回は4組もの男女の恋愛が絡んだ展開。愛が報われぬ恋人達に涙しつつも、最後の落ちは爽やかでホット救われました。ちょっとドラマ仕立てでクサイですけど。逸馬の懐の深さと優柔不断に対し、信三郎の粋と真っ直ぐさが格好いいのです。八助は相変わらずのドジぶりです。
 さて、今作のテーマは一つの古い和歌で表されているようです。それは…

春やいつ 枝に分かれて 散る木の葉、それも時雨は 紅の露

 というものです。これは室町時代に読まれたものだそうです。その意味については… この本の中で仙人こと宮宅又兵衛が解説してくれています。

 【お気に入り度:★★★☆☆】

慶次郎縁側日記と梟与力吟味帳

 新巻が出るたびに欠かさず読んでいる時代小説シリーズものは、恐らく六作品くらいあると思うのですが、その中の二作、北原亞以子さんの「慶次郎縁側日記」シリーズと、井川香四郎さんの「梟与力吟味帳」シリーズの最新巻が、この秋に相次いで文庫で発行されていました。「慶次郎縁側日記」は前作から実に1年ぶり、「梟与力吟味帳」はもっと発行ペースが遅いと思っていたのですが前作から3ヶ月と、意外に早く出てきました。

「夢のなか」慶次郎縁側日記:北原亞以子
 私が読んでいるシリーズものの中でも、この「慶次郎縁側日記」が最も好きだと言っても過言ではありません。数えてみればこれでシリーズ11作目(覚書の「脇役」を含む)となります。その特徴はその都度何度も書いた気がしますが、美しくてキレのある、かっこいいハードボイルドな文章、俗に「北原節」と私が読んでいる部分にあります。それは「文章」と言うよりも、「語り口」なのかもしれません。

 このシリーズの特徴として、同心や親分が主要な登場人物でありながら、今作でも特に大きな事件は何も起こりません。いや、今回は誘拐とか殺人未遂事件とか、窃盗などが起こるには起こるのですが。とはいえ、事件の謎解きをしつつ、最後に悪者が捕まってめでたしめでたし… という単純な捕り物ではまったくないのです。むしろそれらの犯罪事件は単なる物語の背景事情に過ぎず、あくまでもこのシリーズの主題は、そこに描かれる人間のドラマにあります。

 特に表題作となっている「夢のなか」などは、ほとんどストーリーらしいストリーはありません。なのに何故こんなにもじんわりと心が温まるような読後感のいい話になるのか?それはもう北原さんの筆遣いによるもの以外の何ものでもありません。大げさでわざとらしい訳ではなく、もちろん説明がましいところなどは微塵もありません。むしろその反対で、非常に少ない言葉と、さっぱりとした文体で淡々とページは進んでいきます。

 そこに「北原節」で表現される人々の心の機微。わずか数十ページの短編なのに、その登場人物の人生のドラマを全て見てきたかのような深さまで読者を引き込んでくれるのです。今作も期待に違わず「北原節」をたっぷり楽しむことができました。

 お勧め度:★★★★★(やっぱりこのシリーズは最高です

夢のなか―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

夢のなか―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

 

「科戸の風」梟与力吟味帳:井川香四郎
 このシリーズはNHKの土曜時代劇「オトコマエ」の原作です。しかしコメディ色の強いTVドラマとは少し趣が違って、原作はごくごく普通の捕物時代小説です。与力の藤堂逸馬をはじめ、比較的上級階級の役人を中心にし、政治ドラマの背景をも持っているのが特徴。表面上のストーリーは大事件の謎解きを中心にしたわりと普通の捕物系といえるでしょう。

 でも、今作はちょっとこれまでとは趣が違うように感じました。北町奉行の遠山影元と南町奉行の鳥井耀蔵の政治闘争の図式は以前からありましたが、それがより一層激化し、単なる物語の背景ではなく、主題になってきたようです。そのせいか、扱われる事件とその方の付け方がやや大げさで、無理矢理感というかやり過ぎ感がちょっと感じられたのが残念なところかも。

 ところで今作では、江戸時代の刑罰や裁判制度に関する解説が非常に丁寧に行われています。まるで佐藤雅美さんの小説みたい。江戸時代の刑法の運用や裁判制度というのは、思いの外システマチックで、判例主義も徹底しており、現代並みに民主的とは言いませんが、少なくとも時代劇に描かれるように、権力者が恣意的に判決を決めたり、非人道的な圧政、恐怖統治を行っていたわけではありません。

 それに加えもう一点、印象的なことが書かれていました。というのは、当時の刑罰決定においては、儒教と仏教の影響が強かったということです。それは犯罪の結果よりもむしろ、過程と背景を重視したということだそうです。これにはなるほど、と思ってしまいました。また一つ、江戸時代を語る上での蘊蓄が増えました。

 しかし物語のなかでは、とある犯罪に対して、その事情や目的はどうあっても結果が全てだ!と言わんばかりに、主人公の藤堂逸馬が啖呵を切るシーンがあります。それってどうなのかな?仏教的精神を重視したという解説と矛盾してないか?とちょっと思ってしまいました。

 お勧め度:★★★☆☆(ファンとしては十分に楽しめたのですが、物語の完成度としてはイマイチかも)

 

科戸の風 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

科戸の風 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

 

梟与力吟味帳と居眠り磐音江戸双紙

 以前から愛読している時代小説シリーズもの最新刊二冊の読書記録です。

鬼雨 梟与力吟味帳:井川香四郎
 今作の「鬼雨」は梟与力吟味帳シリーズの第六巻目になります。基本的に捕り物小説に分類されると思うのですが、主人公の梟与力こと藤堂逸馬は、現場の最前線で犯罪を追いかける、岡っ引きや同心ではなく、奉行所の幹部役職である吟味方与力です。なので、捕り物と言うよりは裁判ものと言った方が当たっているのでしょう。

 時代は江戸後期にさしかかる頃。実質上の幕府権力者である筆頭老中は水野忠邦、南町奉行が鳥居耀蔵、北町奉行が金さんこと遠山影元の時代。小説の題材としてはうってつけの面白い時代です。藤堂逸馬は架空の人物ですが、ある意味遠山の金さんの分身みたいなものです。

 主人公の藤堂逸馬をはじめ、その他主要な登場人物達も当時のセレブ(死語)というかエリート階級の人たちばかりなためか、何となく物語から感じられる空気というか、雰囲気が綺麗で余裕がある感じがします。それがこのシリーズの一つの特徴ではないかと思います。かといって、庶民達の生活感というものも忘れていないところがポイントです。上手くできすぎているようですが。

 今作も、非常に入り組んだ深い事件の連続。庶民の間で起きた殺人事件から、政治に絡むある詐欺事件などなど。ある意味ミステリーでもあります。登場人物が面白くて魅力的な上に、ストーリーも緻密で手が込んでいて、笑いあり涙ありの盛りだくさんな展開。過去五作同様に読んでいてとても楽しい小説でした。

 お勧め度:★★★★☆(ちょっと事件の中身が複雑すぎてわかりにくかったかも)

鬼雨 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

鬼雨 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

 

 
侘助ノ白 居眠り磐音江戸双紙:佐伯泰英
 とうとう第三十巻まできた居眠り磐音シリーズ。つい最近二十九巻目を読んだばかりなのに、もう新作が発売されていました。およそ三ヶ月に一巻ずつのペースで発行されているようです。ぐずぐずしているとあっという間に周回遅れになりまねません。

 で、今作の内容ですが…。まぁ特にコレと言って何もありません(A^^; 完全無欠のウルトラスーパーヒーローは健在です。年の瀬を迎えた佐々木道場は、相変わらずあれこれ慌ただしいながらも、基本的には至って平和。むしろ今作では、初めての国元入りをした、でぶ軍鶏こと重富利二郎の高知城下での奮闘が主要なお話になっています。

 その他磐音の周囲には新しい人物が登場したりして、いろいろな部分で今後への布石が打たれているような気がしました。このシリーズ、このまま落ちを迎えずにエンドレス気味に続いていくのでしょう。いや、もしかしたら大事件がそろそろ起こるのかも?なんて勝手に妄想してしまいました。

 ということで、もうすでにこの一冊だけ取り上げて面白かった、面白くなかった、という次元の世界ではありません。磐音の人生を共に歩んできた我々読者は、二十九巻を費やした過去を想い、そしてただひたすら、未来を想うより他にはこのシリーズの楽しみ方はありません。

 お勧め度:測定不能 (スーパーヒーローだらけになるのか?

侘助ノ白 ─ 居眠り磐音江戸双紙 30 (双葉文庫)

侘助ノ白 ─ 居眠り磐音江戸双紙 30 (双葉文庫)

 

それぞれの忠臣蔵:井川香四郎

それぞれの忠臣蔵 (時代小説文庫)

それぞれの忠臣蔵 (時代小説文庫)

 

 いつものように本屋さんの文庫コーナーをぶらぶらとしているときに目に留まって、中味もほとんど確認せずに買ってしまった本です。というのも「忠臣蔵」とくれば読まないわけにはいきません。とはいえ、新刊らしく一応平積みしてあったのですが、「なぜゆえこんな季節に忠臣蔵?」と思わずにはいられません。忠臣蔵ものは通常本屋さんに並ぶのは、やはり年末が多いのです。まぁこれは古典中の古典ですので、季節なんて関係ないと言えば関係ありません。作者は梟与力吟味帳シリーズで人気の井川香四郎さんです。このちょっと意外な組み合わせにも興味を持ちました。

 忠臣蔵といえば、約300年以上前に発生した史実に基づく物語です。基本的なストーリー展開は既によく知られていて、ある意味誰でも物語の起承転結を知っているわけです。それを敢えて小説の題材にするからには、それ相応の工夫または特徴が必要です。しかも300年以上にわたり繰り返し繰り返し、手を換え品を変え、多くの人によって語り尽くされた物語。まだその工夫の余地はあるのでしょうか?
 これまでに私が読んだ忠臣蔵小説は二冊だけ。真正面から忠臣蔵を捉え直した大河小説、森村誠一氏のその名も「裏返し忠臣蔵」です。どちらも独特の特徴を持った忠臣蔵小説でした。そして今回の井川香四郎氏の「それぞれの忠臣蔵」は、忠臣蔵のストーリーそのものを追うのではなく、赤穂浪士達のなかから12人を選び、それぞれにとっての討ち入りまでの人生のドラマを集めた短編集形式となっています。

 赤穂浪士の個人個人にスポットを当てたという点では、森村誠一氏の「忠臣蔵」も近いものがあります。しかし、この「それぞれの忠臣蔵」では、討ち入りのシーンはほとんど出てきませんし、松の廊下の刃傷事件から浪士切腹までを順を追って進むわけでもありません。それらの基本的なストーリーを読者が知っていることを前提に、もっと極端に、というより直接的に、浪士達個人の物語に焦点を当てています。

 もちろん、ほとんどはフィクションというか、井川氏なりの解釈によって組み立てられたものでしょう。同じ人物を扱いながらも森村氏の書いたストーリーと大きく違う点がたくさんあります。本当はどうだったのか?ということにとても興味はありますが、残念ながら各浪士達の生活の詳細を知る術はもうありません。だからこそ却って、事実はどうだったか?ということは、もはやこの忠臣蔵の世界には関係ないと言えるのでしょう。

 この小説は古典的な忠臣蔵のような、華やかで格好いいヒーロー物語ではなく、命を落とすまでに辛く苦しい思いをし、人知れぬ葛藤をしたに違いない生身の人間の姿が描かれています。ヒーロー的な扱いを受けているからこそ、これらの短い物語の中に込められた、浪士達の強い忠義の心と純真さと悲劇的な運命に、感動して打ちのめされるばかりです。

 最後の一遍、近松勘六行重の物語に出てくる一説に以下のような言葉があります。

「--その男が虫の息で言ったのです。この卑怯者・・・卑怯者・・・武士の魂の刀まで奪うとは・・・やはり夜盗じゃ・・・おぬしらは夜盗じゃ・・・そう言って睨み上げてきたのです。」

 斬る側も斬られる側も人間です。そこには忠義も体面も正義もなにもありません。

 お勧め度:★★★★★ (忠臣蔵が好きな方には特にお勧めです)

梟与力吟味帳シリーズ:井川香四郎

冬の蝶 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

冬の蝶 梟与力吟味帳 (講談社文庫)

 

 最近は気に入った作家さんの気に入ったシリーズものばかりを読んでいたので、久々にこれまで読んだことのない新しい作家のシリーズものに挑戦してみました。それがこの井川香四郎さんの梟与力吟味帳シリーズです。これまでに「冬の蝶」「日照り草」「忍冬」「花詞」「雪の花火」の5冊が発行済みです。いずれも文庫書き下ろしで、最新の「雪の花火」は今年の5月に発行されたばかり。そしてこのシリーズはNHK土曜時代劇「オトコマエ」の原作として最近は本屋さんでも比較的目立つところに置いてあることが多いようです。

 NHKの時代劇は大好きなのですが、今クールから土曜の放送になりしかも30分に短縮されてしまいました。またタイトルが「オトコマエ」ということで時代劇としてはかなり変わっています。3話ほど見てみたのですがこれがほとんどコメディドラマになっていました。まぁ、それはそれでアリだとは思います。で、その原作となればまたどれほどバカバカしい話なのだろうと思い、たまにはそういうコメディ調の時代小説も珍しくて良いのではないかと、本当に暇つぶしのつもりで第1巻だけまずは買ってみたというのが真の動機です。

 が、ある意味その期待は裏切られてしまいました。だいたいコメディで300ページ級の文庫が5冊も出るのか?と言うところからして怪しかったのですが、実際のところ土曜時代劇「オトコマエ」の原作たるこの「梟与力吟味帳」は実にまじめで普通の捕り物時代小説となっていました。時代設定は江戸後期、老中、水野忠邦が事実上幕府を支配していた時代で、南町奉行鳥居耀蔵、北町奉行遠山景元という江戸時代の歴史上まれに見る顔合わせ。天保の改革を推し進めようとする水野忠邦鳥居耀蔵は一心同体、それに対し遠山景元は一人対立してことある度に鳥居耀蔵と戦っていた人です。この小説の背景もそんな幕閣を交えた南町と北町の対立を軸にしています。ちなみに、南町奉行遠山景元とはもちろん「遠山の金さん」のモデルとなった人です。

 町方を主人公に据えた捕り物の小説はたくさんあります。大抵の場合は事件の現場を扱う岡っ引きや町方の定周り同心、隠密同心などを主人公に据えたものがほとんど。例えば北原亞以子作の「慶次郎縁側日記」シリーズも定周り同心と手下の岡っ引き達の物語です。異色なものとしては外回りの探索はしない例繰方同心を主人公に据えた佐藤雅美作の「居眠り紋蔵」シリーズがありますが、この「梟与力吟味帳」シリーズもやや変わった設定となっていて、事件現場の探索を行う同心でも岡っ引きでもなく、刑事事件の吟味(=いわゆる奉行所での裁判)を行う吟味方与力の藤堂逸馬を主人公に据えているところです。

 それに加え藤堂逸馬の幼なじみである寺社奉行吟味物調役支配取次役の武田信三郎と奥右筆仕置係をはじめ職を転々とする毛利八助が加わりいろいろな事件に関わってゆきます。この三人の仕事はどれもあまり聞いたことのない役柄ばかり。吟味方与力はともかく、寺社奉行吟味物調役支配取次役も奥右筆仕置係も幕府の比較的中枢に近い役柄で、江戸の町人の間で起こる殺人や強盗といった事件とは一見全く無関係そうな立場にいる三人がどうやって江戸の市井の風俗に関わっていくのか? 気のおけない間柄の三人の関係は、いい歳をしてほとんど悪ガキ同士のじゃれ合いに近いものがあります。コメディ的要素があるとすればこの部分でしょう。

 藤堂逸馬と武田信三郎はいわゆる役持ちの御家人ですが、家柄の良い毛利八助はさらに格の高い御目見得格の旗本です。遠山景元鳥居耀蔵など幕閣の中心人物も重要な役回りとして頻繁に登場し、政治ドラマの様相も呈していて非常に緻密で面白いストーリー展開がなされます。主人公含め登場人物達の社会的立場が比較的高く設定されていることから、江戸庶民の代表たる長屋の八さん熊さんのような貧乏人達が登場するような庶民的な雰囲気はやや薄らいでいます。かといってドロドロして非現実感漂う幕府内の権力闘争に明け暮れるわけでもなく、江戸町人達の生き生きとした生活感と奉行所内の役人達の世界がほどよく混ざり、とてもバランスのとれた面白い捕り物小説だと思います。

 お勧め度:★★★★☆