- 作者: スティーヴンキング,Stephen King,白石朗
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2015/02/06
- メディア: 文庫
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作家だった夫を亡くした痛手を抱えるリーシーは、ようやく遺品整理をはじめた。すると、夫が自分に遺したメッセージが見つかる。彼は何かを伝えようとしている。それは夫の創作の秘密、つらい時に彼が訪れた異世界“ブーヤ・ムーン”に関わるものだった…。花が咲き乱れる森“ブーヤ・ムーン”。その空に月がかかる時、世界は恐るべきものに一変する。まだら模様のものが這い回り、死者が佇む暗い森。そこへ赴こうとリーシーは決断する。夫が心に秘めてきた忌まわしい過去と直面し、彼を救うために。痛ましい宿命と、それに打ち克つ愛を描き、巨匠が自作のベストと断言する感動大作
久しぶりのキング作品を読みました。この「リーシーの物語」は元々2006年に発行されたもので、日本語版の発行は2年後の2008年にされています。しかしなぜか文庫化されるまでにそこから更に7年もかかってしまいました。既読の「アンダー・ザ・ドーム」や「1922」「ビッグ・ドライバー」のほうが実際には新しい作品だったようです。
さて、この「リーシーの物語」が「キングの最高傑作」とされる理由は、読者、特にキングファンの多くがそう認定していると言うことではなく、実はキング自身による自己評価なのです。しかも「最新こそ最良」と言うことでもありません。今作の訳者後書きでも触れられていますが、昨年のインタビューで「自分で一冊選ぶとしたらどの作品か?」という質問に、キングは迷うことなく「リーシーの物語」をあげていたそうです。
さらに以下のようなコメントもあります。
これは特別な本だ。これまでに自分が書いた本のなかでも唯一これに関してだけは書評を読みたくない。というのも、この本について不快なことを言う人間がいるだろうから。そんなことにわたしは耐えられない。人は自分が愛している人に対して卑劣なことをするやつがいたら、そいつを憎むだろう。それと同じことだ。私はこの本を愛しているのだ。
そこまでキング自身が愛するというこの「リーシーの物語」は、果たして私にとってはとても難解なものでした。キングが言うところの「卑劣なやつ」に肩入れするつもりはありません。それは「面白さがわからなかった」のではなく、純粋に「わからなかった」だけなのです。しかしこの作品がとてもキングらしさに溢れている一方で、いつものキング作品とはどこか違っていると言うことは感じられました。
これまで文庫化されたキング作品はほとんど読んできて、それぞれいろいろな感想を持ってきましたが、「難解」と感じたのはおそらく本作が初めてかもしれません。
文庫にして900ページ近いボリュームは、キング作品にしてはそれほど長いというわけでもありません。しかし特に上巻では、時制が大きく前後に飛び、回想と現在が複雑に入り乱れ、時に意味のとりにくい長い文章で綴られています。しかもその初見では意味のわからない文章の多くには、山ほどの伏線が張られていたことが、あとになって次々に明らかになっていきます。これはわざと読者を混乱させるためにストーリーを混線させているのではないかとさえ思えてきます。
読み進めていくなかで、ようやく物語のポイントというか全体像、ストーリー展開が見えてきたのは、実に後編に入ってしばらく経ってからでした。難解なりにそこまで読んでしまうのは、翻訳されていてもなお感じられる言葉の美しさ、難解ながらもキングらしい流れるような文章があるからです。
たとえばこんな風に・・・
最後の単語は“カナダ”だったのかもしれないし、たぶんそうなのだろうが、確かめるすべはない。というのも、このときにはリーシーはすでに眠りの国をさまよっているし、それはスコットも同様だからだ。眠りの国へ行くとき、夫婦が肩を並べて行くことは一回もない。これもまた、死の予告編なのではないかとリーシーは怯える。死の国には夢こそあるかもしれないが、愛はぜったいにないし、帰るべき家もない。そればかりか一日のおわりに燃えるようなオレンジ色の太陽の前を鳥の群れが横切っていくとき、だれかと手をつなごうにも、その手はぜったいに存在しないのだ。
とりあえず最後まで読み終わった今になって、じっくり考えればこの文章の意味もわかるような気がします。しかし、こういった一つ一つの文章、リーシーの頭の中のとりとめのない思考をじっくりと解き明かしつつ読むのは、あまりに時間がかかりすぎるでしょう。本当に理解したいなら、何度か読み直す必要がありそうです。
そう考えていくと、結局この物語の全容はキングにしかわからないものではないかと思えてきました。リーシーを完全に愛しているキングは、スコットに自分を投影しているのかもしれません。それを言うならば、「作家」が登場した作品は山ほどあるわけで、そのどれもがキング自身の分身なのでしょう。
以前どこかで書いたかもしれませんが、私にとって最高のキング作品は「ドロレス・クレイボーン」です。次点で「トム・ゴードンに恋した少女」。その次が「アトランティスのハーツ」。これが三本の指に入る三作。これらはそれぞれにキングの異なった作風を代表する作品だと思います。しかし今作はこれらどれとも似ていないようであり、逆にすべてを含んでいるようでもあります。
とりあえず、今後誰かにキング作品のおすすめを聞かれたら「リーシーの物語」と言ってみようかと思います。「なぜ?」と聞かれたら困ってしまいますけど。