- 作者: 宇江佐真理
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 2010/06/01
- メディア: 文庫
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江戸の本所に「福助」という、おでんが評判の縄暖簾の店があった。女将のおあきは、元武士で岡っぴきの亭主と息子の良助、娘のおてい、そして常連客たちに囲まれて、つつましいが、幸せな暮らしをしていた。しかし、江戸から明治に代わる時代の大きな潮流に、おあきたち市井の人々もいやおうなしに巻きこまれていく。そしてついには、息子の良助が彰義隊に志願してしまう…。幕末・江戸の市井に生きる人びとの人情と心の機微を描き切る、著者渾身の傑作時代長篇。
最近結構なペースで宇江佐真理さんの文庫版新作が発売されているような気がします。どれも書き下ろしではないのですが、2007年頃は新作ラッシュだったのでしょうか。さて、今回の作品は宇江佐作品にしては珍しい、上下巻に分冊された長編大作です。
一時期、好んで探して読んでいた江戸を舞台にした幕末もの小説です。しかも政治に関わった偉人を描いたものではなく、市井に暮らす町民を主人公に据えた人情ドラマ。江戸の中心から大川を渡った下町、本所にある一膳飯屋が舞台です。そこに暮らす弘蔵とおあきの夫婦、その子供で良助とおていの4人家族が過ごした幕末の物語です。
江戸に暮らす普通の人々の生活に否応なく降りかかってくる明治維新の嵐。京都や大阪の政治闘争、戦争は遠くの出来事でしたが、しかし江戸の治安は悪化の一途をたどり、最後には薩長軍が江戸に乗り込んできました。そして上野戦争で終結を迎える江戸の幕末。それらの出来事が、本所の一膳飯屋に何をもたらしたのか?
といっても、上に引用した紹介文にあるように、彼ら一家はただの素町人として幕末をやり過ごしたわけではありません。松前藩、彰義隊に関わる一家は、どっぷりとその激動に巻き込まれていきます。そして最後には宇江佐さんの小説らしく、物語は北海道へとつながっていきます。
江戸市井ものでもあると同時に幕末の薩長と幕府の戦争をうまく織り交ぜた物語構成は、とても新鮮で面白いものでした。しかし、なんとなく未消化な感じもします。途中で小刻みに挟まれる明治維新の状況説明には読んでいて水を差される気がしたり。また、一膳飯屋で酒を飲む町人達が政治状況をあれこれ語るのも、なんとなく違和感があります。現実がどうであったかではなく”小説的風景”として。
江戸の町人が体験した明治維新を扱った小説としては、北原亞以子さんの「まんがら茂平次(asin:4198931127)」という素晴らしい小説があります。残念ながら、私個人的にはどうしてもそれと比べてしまい、何となく釈然としない読後感が残りました。
でも、心に残る良い言葉がありました。これぞ江戸町民から見た明治維新の一面を端的に表した一文ではないかと思います。
・・・しかし、歴史というのは結局、勝者のためのものでもあるのだな。憎っくき薩摩長州も、官軍となり、そして明治政府を牛耳る立場となった。理不尽と思っても、もはや誰も口にはせぬ。攘夷とはいかなる国の言葉であったのか。考えてみるとばかげたことだった。
そう、明治維新で作られた新生日本は後に、結局その馬鹿げた「尊皇攘夷」を実行するわけです。いったい明治維新とは何だったのか? そんなことを考えてしまう小説です。
【お気に入り度:★★★☆☆】