東京駅物語

投稿者: | 2010年9月5日

東京駅物語 (文春文庫)

東京駅物語 (文春文庫)

東京駅の建設現場で働く若者、ステーションホテルを拠点にする結婚詐欺師、歌人を目指して上京した娘…。それぞれの時代の夢が行き交う煉瓦の駅舎・東京駅。明治の建設当時から昭和の終戦直後に至るまで駅が紡いできた年月と、そこで交錯した人生を「グランドホテル形式」で丹念に描く、男と女の九つの物語。

 北原亞以子さんの文庫最新刊、かと思えばそうではなくて、10年以上前に新潮文庫で発行されていた作品の再版のようです。北原作品にしてはは珍しく江戸市井ものではなく、明治から昭和にかけての近代ものとなっています。
 表題の通り舞台は東京駅。上野と新橋に代わる東京の新しいターミナルとして、明治後期から建設が開始され大正4年に開業した東京駅は、現在も煉瓦造りのその姿が残っています。繁華街だった日本橋方面ではなく、当時はまだ野原だった丸の内側に建設されたあたりから、当時の東京の都市計画の一端が伺えます。

 江戸市井の人々の人情物語をキレの良いハードボイルドな文章で描ききる北原節はそのままに、それぞれの事情を抱えて東京駅にやってくる人々の複雑に絡み合う人生が語られています。物語は東京駅開業前の明治後期から始まり、少しずつ時代が進み、日露戦争、関東大震災、そして太平洋戦争という時代背景を反映させながら進んでいきます。

 多くの人が行き交う駅という空間は、人間ドラマの宝庫です。東京に暮らす人、東京から出て行く人、そして東京へやってくる人。彼ら彼女らが交錯する東京駅でおきる九つの物語が収められています。

 それぞれが独立した短編であると同時に、登場人物達が複雑に絡み合います。こういう構成はまんがら茂平次と同じかも。と言っても、九編通して次第に一つの物語にまとまってが完結するというほど、綺麗に組み立てられているわけではありません。あくまでもそれぞれの九人九様の東京駅物語です。

 人生はよく旅になぞらえますが、でも、そういうありがちなストーリー展開とは違い、明治、大正、昭和初期という時代背景を存分に生かし、北原さんらしく人物描写が鋭くて非常に読み応えのある小説です。

 しかし、ホッとすると言うよりはとても悲しい雰囲気の物語ばかりです。特に第四話「終着駅」、第八話「戦友」はあまりにも無情で涙なしには読めません。でも、一番印象に残ったのは第五話「山手線」です。現代にも通じると言うか、「電車の中」という特殊な空間を、とても良く表している物語だと思います。

 【お気に入り度:★★★★☆】