- 作者: 風野真知雄
- 出版社/メーカー: 新人物往来社
- 発売日: 2009/05/11
- メディア: 文庫
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江戸が東京と改まった明治の世。幕府の崩壊で二十三年間の幽囚の身を解かれ、文明開化のすすむ東京に舞いもどった男がいた。かつて幕府の要人として江戸市民から「妖怪」と恐れられた洋風嫌いのその老人が、密かにたくらんだ奇想天外な一件とは…。歴史文学賞受賞のデビュー作「黒牛と妖怪」、黒船撃退に破天荒な戦法でのりだした長屋住人の騒ぎを描く「新兵衛の攘夷」ほか、「檻の中」「秘伝 阿呆剣」「爺」の五篇を収録。
昨夏に井川香四郎作の「闇夜の梅 梟与力吟味帳」を読んで、江戸後期の南町奉行、鳥居耀蔵の晩年に興味を持ったところ、それだったらこんな本もありますよと、コメントで教えていただいたのがこの本です。本屋さんをいくつか巡ったのですが、発行元があまりメジャーな文庫ではないせいか見つけることが出来ず、Amazonで発注しました。ふらふらと本屋の店先でジャケ買い、もしくは題名買い、あるいは作家名買いをする私には珍しい購買行動です。この小説は風野真知雄さんのかなり初期の短篇を五編を収めたもので、文庫化されたのはつい最近のようです。
さて、その鳥居耀蔵。当時の北町奉行、遠山の金さんこと遠山影元の政敵で、時の老中までも陥れて政権のトップを狙おうとした人物。思想的には非常に強硬な保守派で、南町奉行時代は「妖怪」とあだ名されたほどでしたが、政治の表舞台からも消えた後も生き延び、亡くなったのは1873年、つまり明治6年のこと。幕府が瓦解し、急速に外国の文化が入り込んできた明治時代の幕開けを見て「妖怪」は何を思い生涯を閉じたのでしょうか?
表題作の「黒牛と妖怪」が、その鳥居耀蔵の晩年の物語です。「妖怪」とはもちろん鳥居耀蔵のことを指しているのですが、黒牛というのは何でしょうか?その答えは明治期の品川にありました。これはドキュメンタリーというのではなく、かなり丁寧に執拗に演出が施されたフィクションです。失われていく武士の世を嘆くしみじみとしたお話を何となく想像していたのですが、そうではありませんでした。
やや展開に無理矢理感もあるのですが、時代錯誤に捕らわれたままの老いた「妖怪」を嘲笑うかのような軽い乗りが支配する一方で、実はその奥底に江戸時代を支えてきた武士達の最後の断末魔の叫びが聞こえてくるようです。
他の四編も非常に面白い物語でした。「黒牛と妖怪」は明治初期を舞台にしているわけですが、続く四編は少しずつ時代を遡っていくようになっています。「新兵衛の攘夷」では船を出して黒船を見物にい行く逞しい江戸庶民の姿が、「檻の中」では幕末の重要人物、勝海舟の実夫の破天荒な生活が、「秘伝 阿呆剣」ではどこにでもあったであろう大名家の跡目争いの様子が、そして「爺」では幼少の信長とその養育係の爺のドタバタ劇が描かれています。
どれも真面目な歴史小説という風でもなく、涙無しでは読めない感動ものというでもなく、どことなくコメディ調な作風。これは岩井三四二さんの小説に似てるなと感じたのは私の思い過ごしでしょうか。歴史上の実在の人物、しかも影に隠れた脇役を題材として選び出し、史料にない部分を想像力で紬上げる壮大なるフィクションの世界。いずれも読んでいてなぜかホット落ち着くのです。特に「秘伝 阿呆剣」と「爺」はかなり気に入りました。お目当てだった「黒牛と妖怪」よりも良かったくらいです。
そういえば、風野真知雄さんの名前は本屋さんの時代小説コーナーでよく見かけます。これが初めて読んだ作品です。多分。今度はまたお得意のジャケ買いもしくは題名買いでもして、風野真知雄さん最近の作品を読んでみたいと思います。
【お気に入り度:★★★★☆】