今年2回目のスペインでのレースがバレンシア市街地コースで開催されました。1国1レースが建前のF1の世界では、この2回目のスペインGPはヨーロッパGPと名前を変えて開催されています。バレンシア市街地コースでのヨーロッパGPは今年で5回目。砂浜やヨットハーバーに囲まれた風光明媚な美しいコースですが、なぜかこれまでは単調なレースしか行われず、レース内容的にはむしろあまりの退屈さが記憶に残っているほどです。
しかし今年はレギュレーションのおかげか、タイヤのおかげか、最初から最後まで見所満載で、正しい意味で記憶に残る波乱のレースとなりました。
「この勝利と並ぶものは何もない」 フェルナンド・アロンソ/フェラーリ
この手のコメントは優勝したドライバーが時々する類のもので、半分はリップサービス、あるいはレース直後の高揚感から出てくるありがちな言葉とも思えますが、今回のアロンソに関しては心の底から本当に「キャリアで最高の優勝」と思っているのではないかと思います。チェッカー後のはしゃぎぶり、表彰台での様子を見ていれば、過去に何勝も挙げてチャンピオンを2度も取ったドライバーとは思えない取り乱しぶり。何十戦も優勝から遠ざかっていたわけではないし、母国スペインでの優勝はこれが初めてというわけでもないのに。
予選ではトラブルもないのにQ3にも進めず、11番グリッドからのスタートという、序盤の絶不調期に戻ったかのようなひどい結果。表彰台はおろか、ポイント獲得できれば上出来くらいのポジションでした。しかしフェラーリのレースペースはやっぱり悪くはなく、スタートからジワジワと順位を上げ、ベッテルとグロージャンのストップなどもあって、レース終盤には気がつけばトップを走っていました。それは運だけではなく、もちろんアロンソの腕のなせる技でもあります。すべての作戦が上手くいき、思ってもいなかったような幸運に恵まれて、地元ファンの大歓声の中で迎えた劇的な優勝。しかしアロンソが感激した理由はそれだけではありません。
もう一つの要因は、表彰台に上がったメンバーを見てこみ上げてくる感情があった、と後にインタビューでアロンソ自身が説明していました。そのメンバーとは、キミとシューマッハ、そしてフェラーリの代表として表彰台に上ったステラです。自分を含め直近3代にわたるフェラーリのエースドライバーであり、自分以外はフェラーリでチャンピオンを勝ち取った歴史の体現者たちです。運命というか偶然のいたずらというか、自分の置かれた立場を再認識したのだと思います。
レース内容の面白さに加え、表彰台の様子も感動的でいつになく良いシーンを見ることが出来ました。そして毎戦ごとに優勝者が入れ替わるという今シーズンのジンクスはようやく破られ、唯一アロンソが2勝を挙げたことになります。もちろんランキングでもトップで頭一つ飛び抜けた感じです。
「チェッカーを受けてから表彰台だと聞かされた」 ミハエル・シューマッハ/メルセデス
このコメントも時々聞く気がしますが、これは眉唾な気がしてなりません。これだけテレメトリーと無線が発達した現代のF1で、自分のポジションを知らずに本当にレースが出来るのか?不思議に思います。しかも百戦錬磨のシューマッハがとなればなおさら。でもその胡散臭さも含めて、逆にシューマッハらしいコメントでもあると思います。
メルセデスは予選からあまり目立たなくて、シューマッハが何番グリッドからスタートしたのかも、もはや思い出せません(12位です)。しかし彼も着実に作戦を実行し、上位のリタイアによる運を味方につけて3位表彰台まで登ってきました。その大逆転ぶりは実はアロンソに引けを取りません。そして、こう言った劇的なレースがシューマッハらしいと言えるのかどうか分かりませんが、シューマッハファンが期待していた内容と結果なのは間違いありません。
何度も書いてきたと思いますが、私にとってシューマッハは好きなタイプのドライバーではないのですが、復帰を果たしてからのシューマッハには何となく応援したくなるものがあります。それが何なのかはよく分かりません。リタイアしてからもパドック内に残り、カメラが向けられると愛想を振りまく様子などに、昔にはなかった余裕が感じられるようになったからでしょうか。
いずれにしても復帰してから2年半、彼にとって5年半ぶりの表彰台は嬉しかったに違いないでしょう。アロンソと同じくレーススタート時には思いもしなかった好成績に驚いたと言うよりは、久しぶりの表彰台からの風景を懐かしみ、そしてアロンソ同様に表彰台に上った顔ぶれに何かを感じたのではないかと思います。
「みんなごめんね。 また次の回に持ち越し!! 悔し過ぎるけど、これが現実やな!!」 小林可夢偉/ザウバー
この言葉はインタビューで出たものではなく、彼がレースの翌日にTwitterに日本語で書いたものです。つまりは日本人ファンに向けた言葉です。天然の小林可夢偉らしい言葉で、怒ったり悲しんだりしているただのファンである私の方が、なんだか慰められたような気がします。
上位の二人とは真逆で、小林可夢偉は今回のレースで表彰台が期待された一人でした。7番グリッドからのスタートを上手く決めて、序盤は4位のポジションでレースを進めます。ファンの一人として、祈るような気持ちで固唾を飲んで見守っていたレースです。
過去3シーズンのレースを見ていれば、これまでの日本人ドライバーの誰とも違って、彼のレースの上手さは信頼がおけます。これまで通りの手堅くもキレのあるレースをすれば「きっと今回こそはいける!」と私は思っていました。
でもその期待は見事に裏切られてしまいました。1回目のピットインのミスから急激に歯車は狂いはじめ、ラフに仕掛けたオーバーテイクでセナと接触。さらにはセーフティーカー後にマッサと接触してマシンを壊してリタイア。それどころかマッサとの接触でペナルティを受けて次戦で5グリッド降格というおまけ付き。泣きっ面に蜂もいいところです。
「もし…」を言い始めたらキリがありませんが、ピットミスは起こりうることとしても、その後変わらず冷静にレースを進めていれば、キミの後ろは必ず確保できたはず。つまりは3位表彰台。そうすれば喜びながらも「もしピットミスがなければ…」とさらに無茶なことを書いていたに違いありません。そうだったらどんなに幸せなことでしょう。
もはやアグレッシブさだけでは評価される時期は過ぎ、中堅として速さはもちろん、安定した結果と信頼感が求められているのではないかと思います。今後も継続的シートを確保できなければチャンスもやって来ません。そんな諸々を老婆心ながら考えつつ、是非今シーズン中に「さすが!」と誰もを唸らせるような結果を期待しています。
次回のレースは来週末、伝統のイギリスGPです。