酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

チームオーダー疑惑はくすぶり続ける:F1 2017 第6戦 モナコGP

 F1カレンダー中で最も特別なレースと言えばモナコGPをおいて他にはありません。モナコGPは今年で75回目を数えるそうで、そのままF1の歴史と重なります。オイルマネーで潤う中東のレースはその豪華さぶりも桁違いですが、一方でどこか「虚飾」に感じてしまう部分がありますが、モナコのセレブ感(という安っぽい言葉しか思い浮かびませんが)は伝統と歴史がある分、厚みというか本気度が違っています。

 さて、モナコGPと言えば特殊なのは雰囲気だけでなくコース特性にもあります。ごみごみした市街地に作られた公道コースは、幅が狭くエスケープゾーンもなくコーナーの連続で超低速、しかもオーバーテイクできるようなポイントもなく、仮に後ろのマシンが3秒速かったとしても追い抜きは困難と言われています。

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 タイヤはウルトラソフトとスーパーソフトが使用されましたが、それでもピットストップは1回で十分。となると、取れる作戦の幅は極端に狭くなります。普通に考えると、予選が全てとなるはずのレースです。

「僕がコントロールできることではない」キミ・ライコネン

 タイトなコーナーとウルトラソフトタイヤと高い路面温度にメルセデスが苦しむ中、フェラーリは相変わらず好調を維持し、一強状態で予選を戦います。その激しい戦いを制しコースレコードを記録してポールポジションを獲得したのは、ベッテルではなくライコネンの方でした。

 ポールポジション獲得は実に9年ぶりで通算17回目。この数字を聞くと意外にポールポジション回数は少ないと思ってしまいましたが、ライコネンのキャリアと人気は、記録とは関係ない部分にあると言うことなのでしょう。

 ポールの利を生かし、スタートも無難に決めて序盤のうちにトップを固めたとなれば、ミスやトラブルさえなければほぼレースは手に入れたようなものです。しかし、昨年のリカルドや一昨年のハミルトンの例にもある通り、チームの判断ミスでラップリーダーがレースを失うということが、この2年ほど続いてきました。

 特に今年はライコネンのレースエンジニアがとる戦略は不可解なものばかり。でもまさか今回に限って... という悪い予感は微妙な形で的中してしまいました。

 チームの立場に立ってみれば、ベッテルの後から追いかけてくるボッタスとフェルスタッペンのアンダーカットを恐れて反応したわけで、定石通りの動きだったとも言えます。しかしその結果復帰した場所はザウバーの後。フレッシュタイヤで飛ばさなくてはならない数周の間、遅いマシンに付き合わされることになってしまいました。そしてそれはピットインを決めたチームはあらかじめ分かっていたはずでもあります。

 さらに、よりボッタスの脅威にさらされているはずのベッテルはなぜかステイアウトし、ライコネンが遅いマシンに引っかかってる間に飛ばしまくりました。その結果ベッテルはライコネンをオーバーカットしてしまいます。なぜ同じチームでこれだけピットインの判断が分かれてしまうのか?これがフェラーリ内にベッテルをチャンピオンにするための意思が働いてることを疑わせる元となっています。

 ドライバーによってはチームの決定に従わず、タイヤ作戦に関しても自分で主導権を握ろうとするドライバーもいます。アロンソは典型的だしベッテルももしかしたらそうかも。

 しかしライコネンは、ピット戦略に関して「チームの意思をドライバーがコントロールしようとすると事態は複雑になりすぎる」と自身のレースに対するスタンスを説明しています。それは何年も前に、雨が降ってもいないうちにヘビーウェットタイヤを履かされたときから変わっていません。

 それにしてはライコネンはこれまでにあまりにも多くのポイントをチーム戦略のせいで失っています。もし今回、予選順位が逆でベッテルにピットインの優先権があったなら、一体どうなっていたのか? そんなことを考えてしまうとやはりモヤモヤしてきます。

「ピットストップ前の数周で自分のペースに驚いていた」 セバスチャン・ベッテル

 一方の当事者のベッテル。表彰台インタビューでインタビュアーのロズベルグに「ピットインを遅らせることは決まっていたのか?」と鋭く突っ込まれたときに、やや顔を曇らせ目線をそらし早口に「そうではない...」とまくし立てたあたりに彼の性格が表れていてなかなか面白い光景でした。世界中がそういう目を自分とチームに向けていることに初めて気がついたのかも知れません。

 前を走っていたライコネンがピットインした後、明らかにベッテル自身がオーバーカットを意図してアタックラップに入ったのだし、チームではなく誰よりも彼自身がそれを望んでいたはず。タイヤはまだ十分に機能している。しかも自分の前には周回遅れのマシンもいない。2周あれば全てをひっくり返せる、と。それはレーシングドライバーとして当然のことで、何も後ろめたく思うことはありません。

 レッドブル時代からチームの庇護を噂され、実力を過小に見られることが少なくなかったベッテルは、そういう評判に悩んできたのかも知れません。前戦でライコネンがリタイアしただけで僅か5歳の子どもが号泣している姿をみて、一番嫉妬を感じていたのはベッテルかも?などと、色々空想してしまいます。

 それはともかく、ベッテル自身もハミルトンと同様にチームメイトと戦うよりもライバルチームの誰かと争いたい、と心から思っているのは多分確かだろうと思います。

「タイヤがそれほど残っていたとは思わなかったが、リズムに乗り何度かよいタイムを出すことができ」 ダニエル・リカルド

 実はフェラーリで起きたことはその後ろのレッドブルでも起きていました。上位陣で真っ先に動いたのは4位を走っていたフェルスタッペンで、それにすぐ反応したのが3位のボッタス。さらにそれにライコネンが反応します。

 この時点でコースにとどまっていたのはベッテルとリカルド。この二人はチームメイトに予選で負けて、ピットインの優先権を持っておらず、仕方なくコースにとどまっていたかと思いきや、この数周のうちにオーバーカットが可能であることに気づきます。

 ベッテルとともにピットインを遅らせ、アタックラップを重ねたリカルドは、一気に2台抜きを演じてボッタスの前に出ることが出来ました。

 と言う意味では、ベッテルの作戦がチームオーダーだったというのは穿った見方をしすぎで、今回はたまたま誰も予想していなかったオーバーカットが効いた珍しいケースであり、それに気づいた二人が得をしただけなのかも。

 ただリカルドの場合はフェルスタッペンを抜くためではなく、メルセデスのボッタスの前に出るため、という大義名分があったのもまた事実。この辺は難しいところです。

 ピットイン後、リカルドが自分の後ろに戻ってこないことをいぶかしんだフェルスタッペンが、無線で「リカルドに何かあったの?」と聞いたのに対し、チームから「彼は君の遙か前で戻った」と暴露され「なんだって~!!」と嘆き悲しむシーンは傑作でした。

 レースなんてものはそもそも予想通りいくはずがなく、こういう波乱はつきもの。チームにもレースの流れはコントロール不能で、その瞬間にベストの判断をするだけでやっと、それだけのことなのかも知れません。

次戦は大西洋を渡ってカナダGP

 ヨーロッパラウンド中に挟まっているヨーロッパ以外のレース、カナダGPは今年もこの時期に開催されます。移動費用の効率化のためか、転戦経路が整理されてきた中で、北米のこのレースだけはまだ飛び地のような扱いのまま。

 それはともかく、コース特性はがらりと変わってモナコとは正反対の超高速コースとなります。メルセデスはまた復活してくる... と面白くなるのですが。さてさてどうなることやら。