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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

ブラタモリの足跡をたどって清水寺と祇園をぶらぶら歩く

 奈良の国宝を巡る旅の続編です。日程はわずか一泊二日だったのですが、二日目の午後には奈良を後にして京都に移動してきました。そのまま東京に帰ってしまうには勿体ないのでわずか3時間ほどでしたが、あてもなく京都を散歩してみることにしました。

 どこに行くかはまったく考えておらず、近鉄に乗って京都駅に着いてから決めることに。とりあえず駅前の路線バス乗り場に出て、発着するバスの行き先とGoogleマップを眺めてるうちに、ふと思い付きました。そうだ清水寺へ行ってみよう! そしてそこから八坂神社を経て祇園の花見小路へと回ってみよう!と。

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 このルートは、ちょうど先月にNHKの人気番組「ブラタモリ」で取り上げられたところです。清水寺は特に京都の中でも大人気スポットですが、私は物心が付くかどうかの子どもの頃以来訪れたことがありません。つまり、ほとんど初めてに近いです。ということで、行ってみることにしましょう!

五条坂、茶碗坂を上って清水寺へ

 京都駅から市営バスの206系統に乗って清水寺を目指します。京都市営バスはSuicaがそのまま使えるので関東人にも便利。なおバスは観光客で大混雑でした。なお「清水坂」という停留所があるので、そこで降りれば良いと思っていたのですが、運転手さんによると清水寺へ行くには一つ手前の「五条坂」で下りた方が近いよ、ということなのでその助言にそのまま従いました。

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 清水寺は山の上にあるので、しばし上り坂が続きます。五条坂から茶碗坂を経てようやく清水寺の仁王門にたどり着きました。

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 門の脇には立派なしだれ桜があって、まだ花は残っていましたがやや残念な姿。でも4月下旬でも京都の桜が見られるのだから、ラッキーと思わなくては。

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 さて、仁王門を入るとすぐに朱色が鮮やかな三重塔と経堂があります。その鮮やかさに少し騙されましたが、これが江戸時代中期に再建されたという意外に古い建物で、重要文化財に指定されています。色鮮やかなのはわりと最近に修復が行われたようです。ちなみにいずれも創建は平安時代です。

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 さて、清水の舞台で有名な本堂への入り口に当たる轟門へやってきました。本堂に入るためには拝観料が必要で、逆に言うとそれ以外は無料です。

 ちなみにこの写真から既にチラッと見えてる通り、本堂は現在修理中で足場の木材が組まれています。

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 果たして中に入ってみると舞台はこんなことになっていました。この工事は平成の大修理の最終段階として、檜皮屋根の葺き替え工事を行っているところだそうです。

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 でも真ん中の部分だけこうして開放されていました。本来の開放感にはほど遠くちょっと寂しい状況です。

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 トップ画像も↑この写真も、本堂の舞台から撮ったのですが、奥の院が建つ山の方、ブラタモリ的に言うと京都盆地を作った断層崖ですが、その斜面はとても美しい山景色です。中にはまだ桜の花が咲いていたりして、新緑とのコントラストが美しいです。

 なるほど、この断層崖の美しい景色は清水寺の特色の一つなんだろうと思います。舞台はこれを綺麗に眺めるためにもあると... 勝手に一人で納得してしまいました。

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 さて、その奥の院からは有名なこの景色が見られます。本堂の左の方は京都の街並みです。と言っても本堂は工事中なのでこんな姿になってますけど。それにしてもなるほど、これは絶景ですね。午後遅い時間なのでちょっと逆光気味です。

 ちなみにこの写真は奥の院の舞台から28-105mmのワイド端(つまり28mm)で撮りました。よく見かけるここからの写真はもっと広い範囲が写っているものが多い気がするのですが、撮影ポイントはここではないのか?それとも20mmくらいの超広角を使ってるのか? 今度また訪れるかも知れないときのために覚えておこうと思います。

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 ちなみに奥の院も修復工事中。大勢の観光客が行き交う中、こうして職人さんが作業中でした。色を塗ってるところでしょうか? 三重塔のように鮮やかな色彩で蘇るのももうすぐでしょう。

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 さて、奥の院のさらに奥へは行かずショートカットして本堂脇の階段を下ります。この辺りは新緑で美しいですが、紅葉の季節はすごいことになりそうです。

 階段の下は本来であれば舞台を支える懸造がよく見えるポイントですが、現在は修復工事の足場のために何が何だか分からなくなっています。残念!

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 その階段を下りきったところに、清水寺の名前の由来ともなった音羽の滝があります。三筋流れ落ちる水はそれぞれ御利益が異なる、というのは単なる伝説のようで、お寺が公式にそう言ってるわけではないようです。そもそも元をたどれば水源は同じですから。

 いずれにしても、見ての通り大変な行列が出来ていたので眺めるだけにしておきました。

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 見上げれば奥の院の鮮やかなお堂と桜を含む新緑の崖。奈良の東大寺よりも急な崖に建つ、山寺の美しさの片鱗をうかがい知ることが出来ただけで満足です。

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 さて帰りは行きとは違って、メインの参道となる松原通を下っていきます。望遠レンズの圧縮効果を差し引いても、ここがどれだけ混雑しているかが分かると思います。色んなお店があって、食べ歩きや

 ブラタモリではここから途中で三年坂へ出て、暗渠巡りをしていましたが、私たちはそこまでトレースすることはなく、松原通を下りきり再びバスに乗ります。


 ちなみに↑このブラタモリのブラブラ足跡マップですが、私の環境(macOS10.12 + Chrome)では「スクリプトが安全ではない」という警告が出てそのままでは表示されませんでした。


祇園社あらため八坂神社

 次に目指すバス停は「祇園」です。京都の花街として有名な祇園ですが、その名前の由来となったのが八坂神社。いえ、今でこそ八坂神社と呼ばれていますが、これは明治になって改名されたもの。それまでは祇園社と呼ばれていたそうです。

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 四条通の突き当たりにある八坂神社の西楼門。ここは実は八坂神社の正面ではありませんが、この門の姿が有名です。ちょうど夕日が当たってまるでライトアップされてるかのように浮かび上がっていました。

 なにげにこの楼門は非常に古い建築物で、室町時代の1497年に建てられたものが現存しているそうです。

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 さて、道路を渡って西楼門の麓へやってきました。ここで探したのがこの小さな石碑。ブラタモリでやっていましたよね。この石碑は元々西楼門があった位置を表すものだとか。1912年に市電が開通し、四条通が拡幅されたために西楼門もその中心線上に少し移築され、現在の姿があるのだとか。それまで、四条通が狭かった時代はこの石碑のある位置が門の中心だったようです。

 さらにこの西楼門の階段は、やはり京都盆地の東の際、断層の切れ目に相当するそうです。...という蘊蓄をブラタモリのおかげで覚えていて、この石碑に周囲の外国人観光客達は見向きもしていないのを見て、自己満足できました。

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 奈良もそうでしたが今回の旅ではお寺ばかり見てきたので神社は久しぶりな気がします。本殿の前には立派な能舞台がありました。何気なく建っているこれら八坂神社の主要な建物も江戸初期のもので重要文化財です。京都の1200年の歴史からしたら大したものではないのでしょう。奈良でだいぶ感覚が鈍ったとは言え、よく考えるとすごいことです。

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 もちろん神様にもお参りしてきました。


 さて、ブラタモリとは逆のルートをたどり、八坂神社から花街の方へ行ってみましょう。

花見小路で大石内蔵助の面影を探す

 八坂神社の西楼門を出て、四条通を鴨川の方へ向かってブラブラ歩いて行きます。

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 するとこんな特徴的な和風の塀と、花見小路の看板に出会います。これもテレビで見覚えがある景色です。

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 四条通と直角に交わる花見小路に入り、さっきの塀を伝っていくと、こんな門に行き当たりました。ここは祇園の歴史あるお茶屋さんの一つ「一力」です。

 祇園の一力と言えば忠臣蔵。忠臣蔵と祇園と言えば大石内蔵助。赤穂浅野家がお取りつぶしになってから、大石内蔵助が江戸に下り吉良邸に討ち入る前、京都のはずれ山科に仮住まいしていたときに足繁く通った、と忠臣蔵で描かれているのがこの一力茶屋です。

 ブラタモリの中でもタモリさんは真っ先にそのことを思い出していました。そして一力の門はもともと四条通に面していたのが、いろいろな理由があって現在の花見小路側に移されたと...。なるほど、そういうことなのかと、現地で一人分かったふりして頷いていました。

 ちなみに、歌舞伎の忠臣蔵に出てくるのは一力ですが、史実として大石内蔵助が通ったのは、実は一力ではないそうです。そこも含めてここはいろいろ味わい深いところです。

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 さて肝心の花見小路ですが、こんな風景でした。イメージの中にある祇園らしくて良い感じですね。歩いているのはほとんどが外国人観光客。

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 花見小路の両側に延びる路地も同じように、古風な建物が並んでいます。日暮れ時でしたがまだお茶屋さんの時間ではないのか、舞妓さんや芸子さんは見当たりませんでした。

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 ちなみに本物のお茶屋さんには、こういう看板がひっそりと出ています。屋号を書いた提灯や電灯があるだけで、それ以外は普通の家の玄関と見分けが付きません。もちろんこういうお茶屋さんに、通りすがりの観光客が飛び込みではいることは出来ません。

 しかし花見小路はすでに観光名所ですから、そういう一見の観光客を受け入れるお店は、ちゃんとメニューが外に出ていたりします。佇まいはお茶屋さん風ですが、実際はそうではない。あるいは、昔はそうだったけど業態を変えたとか、そういうことなのでしょうか。

https://www.nhk.or.jp/buratamori/map/list70/route2.html
 ということで、祇園と言えば以前白川の方へ行ったことはあるのですが、現役のお茶屋が営業している花見小路は初めてでした。「聖の隣には俗がある」とはタモリさんの言葉ですが、まさに京都はその通りの街だなと実感します。


奈良と京都を巡る小旅行は終了

 今回は奈良がメインで京都はほんのおまけ、滞在時間は3時間ほどでした。日が暮れたころに再び路線バスに乗って京都駅へ戻り、新幹線に乗って東京へ。一泊二日の旅は終了です。

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 快晴続きだった天気は、京都駅に戻ってきた頃にはモクモクと雲がわいてくる始末。自分はどれだけ晴れ男なんだ?と要らぬ自信を深めてしまいました。

 京都や奈良の寺社仏閣巡りもまた終わりなきラリーのようなものです。100名城スタンプラリーに続いて、最近流行ってるという御朱印集めでもはじめようかと思いついてしまいました。

 御朱印で思い出すのは、私の亡き父親はリタイア後の趣味として奈良・京都で御朱印集めを始め、約10年の間に13冊にもなっていました。しかもその記録をExcelにまとめるという手の入り用でした。そういう血は争えないかも知れません(^^;

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