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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

木造復元計画は実現するのか? コンクリート天守の代表格 名古屋城に寄り道をしてきた

 F1日本GP決勝の翌日は10月10日で体育の日(ハッピーマンデー方式なので10日になったのはたまたま)でした。なので日曜日の夜はそのままもう一泊して、月曜日にゆっくりと東京へ帰ることにしました。せっかくの休日ですが4日間も鈴鹿サーキットに通って疲れているので、特に観光はせずに昼のうちにまっすぐ帰ってくるつもりだったのですが、少し新幹線の時間を遅らせて、名古屋で気になってるとある観光名所へ、ほんのちょっとだけ立ち寄ってみることにします。

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 というのは、名古屋城です。実はそういうこともあろうかと、百名城スタンプ帳もちゃんと持ってきていました。

 名古屋駅から地下鉄を乗り継いで約15分。市役所前にやってきました。城跡って市役所のすぐ近くにあることが多いですよね。というか、そもそも市役所が城跡に作られた例が多い、というほうが正しそうです。

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 東門から入るには巨大な堀を渡りますが、この通り空堀になっています。もともとこうだったのか、理由があって水を抜いているのかは分かりません。

 名古屋城は敷地内に入るために500円の入場料がかかります。維持管理や復元作業など、いろいろありますからこれは必要なものだと思います。

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 二の丸跡を抜けて本丸を囲む内堀へ。これも空堀です。名古屋城は昭和20年の終戦間際に空襲で天守含めて多くが焼失していますが、本丸の角にある櫓は焼失を免れ、現役時代のものが現存しているそうです。この写真に写っている南東隅櫓も現存する建物の一つ。三層の立派な櫓です。名古屋城の規模の大きさがよく分かります。

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 内堀から外堀へ通じる水路でしょうか。深い森にと高い石垣に囲まれて遺跡の雰囲気が満点。左側のフェンスの切れ端だけがちょっと残念な景色です。この辺りの石垣はかなり高さがあってきっちり作られているようですが、小粒な不揃いの石を積み上げているあたりは、なかなか時代を感じます。オリジナルなのか修復済みなのか、まさか復元ってことはないでしょうが、どうういう時代のものか分かりません。

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 こうして木にやられてしまってる石垣もありました。植物の生命力は逞しいですね。

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 一方でこうして櫓か塀が建っていたはずの石垣は綺麗に残り、巨木と共存しているところもあります。城跡ではよく見る風景ですが、まさにラピュタの世界に通じるものを感じます。現役時代には、視界を妨げるような巨木は城郭内にはなかったでしょうから。

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 さて、内堀を渡って本丸へ入りましょう。正面にあるのが表二之門です。鉄骨で補強がされた門構えは確かに今にも朽ち果てそうな雰囲気。これも現存する門です。

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 表二之門の両側の塀も見るからに古そう。楔痕が生々しい石積みが、水平がでてなくて凸凹なのも良い感じです。

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 表二之門をくぐると枡形があります。正面の石垣はこれまで見たのと違って、きっちりと積まれています。そしてこの巨石がすごい! 力を誇示するためでしょうか?

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 枡形を抜けると本丸です。通常の本丸跡というのは何もない更地になっているのが一般的。多くの場合は明治の廃城令とともに本丸は取り壊され、他の建物が建てられていた例が多いようです。

 天守が現存する姫路城もそうだし、ほとんど何の跡形もない江戸城も本丸跡は芝生の広場になってます。夏に訪れた広島城は、日本軍の大本営跡になっていたし、赤穂城は本丸の間取りのみがコンクリートに刻まれて再現されていました。

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 しかし名古屋城は空襲で焼失する昭和20年まで本丸御殿の主要な建物は残っていたそうです。天守とともに焼夷弾に焼かれて焼失したわけですが、近年になって再建が進んでいます。しかもちゃんと木造で。2009年に着工され、いまだ再建工事中。一部完成した建物から公開が始まっています。

 こうして三葉葵の御紋も含めまだピカピカ。ピカピカの城跡というのも慣れませんが、築城当初はこうだったのか... と不思議な気分になります。

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 工事中の部分もこうして一部はこうして見物できるようになっています。これはすごい... 素直に感心してしまいました。

 木造でこうして復元することの意味については議論があるのかもしれません。でも、私は大賛成です。江戸時代初期に築城され、それから約300年間の時を経て昭和初期まで現存していた実在の建物ですから、是非そのまま復元再建を進めて欲しいと思います。あと500年もすれば立派な遺跡になってることでしょう。

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 さて、そんな再建中の本丸御殿の脇をすり抜けると、ひときわ大きな五層の天守閣がお目見えします。今回は時間がないので外から眺めただけで中には入りませんでした。

 この現在の天守は昭和32年に再建されたもの。戦後昭和30年代に築城ラッシュとなったコンクリート再建天守の代表格でもあります。その野暮さに悪し様に言われることもありますが、少なくとも外観はオリジナルを模したものであるわけで、外から眺める分には十分に意味のある再建天守だと思います。

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 そしてつい先日、この天守は間もなく立ち入りが禁止されるとか何とかニュースになっていました。どうやら市長と議会の政治的駆け引きが行われているようですが、それも本丸と同じように、この天守も木造で再建するかどうかを議論しているところだそうです。

 これだけの規模の木造建築は、他になかなか例がないでしょうし、大金がかかるわけで、その財源でもめているのだろうと想像は付きますが、一人の城ファンとしては是非木造再建をして欲しいと思っています。それで入場料が高くなっても納得します。

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 さて、これで百名城スタンプラリーも一つ前進! と思ったら、スタンプ押すのに大失敗してしまいました。「44 名古屋城」の文字が見えないのは寂しいので、スタンプ欄外に二度押し。これが認められるのかどうか知りませんが、自分自身の記念スタンプ帳だと思って割り切ることにしました。そもそも百個制覇する日が来るかどうか分かりませんから(^^;

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 きっちりした切石で算木積みされた石垣。これは復元?奥の石垣とかなり積み方と風化の度合いが違うように思います。ここに限らず、名古屋城は場所によって石垣の様相がまったく異なっているのが面白いですが、その背景事情がよく分かりませんでした。

 今回はわずか1時間程度の隙間を利用してスタンプを押しに行っただけになってしまったので、今度木造再建が叶ったりしたら、再びゆっくりと時間を作って訪れたいと思います。そのときにはガイドさんを見つけてじっくり話しも聞きたいところです。