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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

太平洋戦争の歴史に学ぶ:昭和史 1926-1945 /半藤一利

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー 671)

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー 671)

授業形式の語り下ろしで「わかりやすい通史」として絶賛を博した「昭和史」シリーズ戦前・戦中篇。日本人はなぜ戦争を繰り返したのか―。すべての大事件の前には必ず小事件が起こるもの。国民的熱狂の危険、抽象的観念論への傾倒など、本書に記された5つの教訓は、現在もなお生きている。毎日出版文化賞特別賞受賞。講演録「ノモンハン事件から学ぶもの」を増補。

 久しぶりにちょっと硬派な本を読んでみました。

 「昭和」と一口に言っても、その時代は60数年間に及ぶわけですが、大ざっぱに言って戦前と戦後に分けることができるかと思います。表題にもある通り、この本が扱うのは「戦前の昭和」であり、日本がいかにして太平洋戦争へと向かい、そしていかにして無条件降伏することとなったのか、昭和天皇実録などの記録ををもとに解説した歴史ドキュメンタリーです。

 とても堅苦しい題材を扱いつつも、この本の文章はどこかの大学での講義を書き起こしたかのような口語調で書かれており、とても取っつきやすいものです。なので難解で投げ捨てたくなることもなく、また退屈で飽きてしまうこともなく、こう言っては何ですが、サスペンスドラマのように先が気になってどんどんと読み進めることができました。

 さて、今年は敗戦から70年目の節目であり、さらに安保法案が国会審議中と言うこともあり、なにかと「過去の歴史」とか「戦争」に関する言説を目にする機会の多い夏でした。これらの様々な議論に対し、もちろん私自身は色々思うところはあるものの、改めて先の戦争のことを理解し、過去の事実を知るためのとっかかりとして、この本を読んでみることにしました。

 私の歴史に関する興味は明治維新で止まっているので、徳川幕府を打ち倒して設立された「明治新政府」が、その後どんな道筋をたどって近代国家を作り上げ、その後に瓦解することになったのか、個々の出来事を断片的に、あるいは表面的に知っているつもりでいても、その流れを系統だって調べたり考えたりしたことはありませんでした。

 本作にも冒頭に次のように書かれています。

 一八六五年から国づくりをはじめて一九〇五年に完成した。その国を四十年後の一九四五年にまた滅ぼしてしまう。国をつくるのに四十年、国を滅ぼすのに四十年。語呂合わせのようですが、そういう結果をうんだのです。

 この「昭和史」は国の滅亡を書いたものであるわけですが、半藤一利さんは一方で国づくりのきっかけとなった時代を「幕末史」という本に書かれています。これは一般的な正史とは異なる視点の切り口が非常に新鮮で、とても面白い本でした。

 その印象があったので「幕末史」に描かれたようにして作られた新政府が、いかにして80年後に滅亡することとなったのか、同じ筆者によってそれがどのように書かれているのか興味を持ったというのが本当のところです。

 ところで、この手の話題を扱った本や論説はすべてそうですが、完全にニュートラルな立場を求めるのは非常に難しいものです。筆者である半藤一利さんは、戦前の日本の体制と政策を完全に否定する立場を取っており、この本でもその論調が貫かれています。ですから、元々どういう歴史観、考え方を持っているかによってこの本の内容に対する評価は分かれることでしょう。実際、Amazonのレビューでも5点から1点まで賛否が分かれるという状態です。

 私が感じたことは、やや大げさに言うならば「日本人は皆この時代の出来事を知っておくべき」と思いました。それは「この本を読むべき」という意味ではありません。教科書でも、他の本でも何でも良いので、何らかの方法で「昭和史」を知っておく必要があるのだと思います。

 そこからは必ず何らかの知恵または教訓が得られるはずです。その結果、意見の違い、考えの違いが生まれるのは当然であって、むしろそれこそが健全で民主的な国であることを担保するのだと思います。

 この本にも筆者なりの「歴史に学ぶ教訓」が結論として書かれています。その内容についてはここでは触れません。是非本書を読んでみてください。納得する人もいれば、それは違うのではないか?と思う人もいるでしょう。

 それよりもここでは印象に残った「あとがき」の一節を引用しておきます。

・・・たしかに大事件は氷山の一角で、下にはいくつもの小事件が隠されている。突如、事件が起きるというものではなく、時間をかけて、連鎖的にゆっくり形づくられてきた幾つもの要因があり、それがまとまって大事件として噴出してくる。ある時点での人間の小さな決断が、歴史をとんでもないほうへ引っ張っていくこともある。それを語らなくては歴史を語ったことにはならない。むずかしさはそこにある。

 まさに昭和史は小さな事件、小さな決断の積み重ねでした。そしてその結果自国民だけで300万人以上の犠牲を出すことになりました。彼らが護ろうとしていた「国」とはいったい何だったのか? そんな疑問が浮かんできます。

 そして一番怖いのは、こうした小さな事件の積み重ねと、多くの人がその時点で正しいと思った決断が、誰も望まない不幸な結果を生む危険というのは、いつの時代にもあるのだ、ということです。

 それを防ぐためには、改めて書きますが「多様性を担保すること」が重要な一つの条件なのではないかと私は思います。異論を言えなくなるような社会は最悪ですが、自分と異なる意見を叫ぶ人がいなくなった社会は、同じくらいに怖いことだと思います。

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