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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

川音を聞きながら暮らす深川の女たち:澪つくし 深川澪通り木戸番小屋 /北原亞以子

読書 北原亞以子

澪つくし 深川澪通り木戸番小屋 (講談社文庫)

澪つくし 深川澪通り木戸番小屋 (講談社文庫)

流れる川音に包まれた江戸・深川澪通りの木戸番小屋に住む笑兵衛とお捨の夫婦。押しつぶされそうな暮らしを嘆き、ままならない運命に向き合い、挫けそうな心を抱えた人々が、今日もふたりのもとを訪れる。さりげないやさしさに、誰もが心の張りを取り戻していく。人生の機微を端正な文章で描く傑作時代短篇集。

 亡くなってから半年以上経っていますが、本屋さんの文庫新刊お勧めコーナーにはいまだに北原亞以子さんの新作が並んでいいるのを見かけます。北原作品とは「慶次郎縁側日記」シリーズを読破してお別れしようと思っていたのですが、やはり「北原亞以子」と名前が入った見たことのないタイトルの本を見かけると、手に取らずにはいられません。そんな中でもこの一冊は特別です。「慶次郎縁側日記」シリーズにも勝るとも劣らない人気を博した「深川澪通り木戸番小屋」シリーズの最新刊です。単行本は2011年6月に発行されていましたが、今年9月に文庫化されたものです。恐らくこのシリーズの最終巻(もちろん未完のまま)と思われます。

 以前、宮部みゆきさんの時代小説を紹介したときに「深川を舞台にした作品は意外に少ない」と書いた記憶がありますが、このシリーズはまさに深川を描いた小説です。それも深川のほぼ南端、大川の河口付近、今も越中島という地名は残っていますが、その北側あたりを舞台にしています。ゼロメートル地帯と言われている深川は、水運の街でした。縦横に走る運河からは常に水の音が絶えず、そこにかかるいくつもの橋は深川の風景の特徴です。

 赤く染まった道を、つい先刻まで立て板に水のお喋りを聞かせていた油売りが通って行き、遊びほうけている子供を迎えに来た母親が、ついでに近所の子供の手を引いて帰って行く。道端から子供の姿が消えると、川の音が高くなったような気がした。
 何気なく振り返ると、大島橋の前に二人の男が立っていた。

 何でもない言葉で綴られたこの情景がまるで今でもすぐそこにあるかのように目に浮かびます。それは200年の時代差があるとは言え、深川の景色を知っているが故なのかどうかは分かりません。北原さんの描く深川の街並みはとても美しく、生活感が感じられ、活気に溢れています。そんな深川の隅っこで起こる、何でもない人間模様と人生ドラマ。都市で人がかたまって生きていれば、どこででも起こるような出来事を綴った物語が収められています。

 このシリーズでは過去作から全てそうだったか思い出せないのですが、少なくとも今作では全て女性が主人公の物語ばかりが収められています。江戸は女性の人口が少なく、もちろん現代のような人権や男女平等が当たり前とされる世の中ではありません。しかし江戸時代においても特に庶民の暮らしにおいては、その気になれば女性が自立して一人で生きていくことが出来る自由な社会でもありました。もちろんそこには山あり谷あり、一筋縄ではいかない悩み多き「女の生き様」があります。

 お捨さんも笑さんも聞いてくんなよ。おときの奴、うちん中に閉じこもったままなんだぜ。それで一日中、酒を飲んでいるようなんだよ。長屋の連中が気にしてね、障子に穴を開けてのぞいたらしいんだが、一升徳利と湯飲み茶碗が転がっていて、畳と土間に米がぶちまけられたままだってんだ。大変な荒れようだな。

 逞しくも可愛らしい女性が健気に生きていく姿に感動する... という類いのお話ではありません。バカ男に騙されたダメ女がヤケになって酒を飲んで一日中くだを巻いてるような、どうしようもないお話ばかりです。それでもなぜか心温まります。彼女たちが求めているのは本当は自立することではなく、誰かへの依存であり救いなのです。人情に厚くお節介な人が多い深川は、そんなワケありで一人暮らしをする女性、特に一日中酒を飲んで酔っ払っているようなダメ女が生きて行くにはぴったりな町です。

 それぞれの物語の中では常に脇役に徹しているものの、シリーズ全体にとっても本当の主人公は木戸番小屋に暮らす笑兵衛とお捨の夫婦です。どちらかと言うとお捨が一番の重要人物。そんなお捨と笑兵衛の小さな木戸番小屋に集まってくる町の人々と噂と相談事の数々。しかしお捨も笑兵衛も何をするわけでもありません。ヤケを起こしたり困っている女に対しお捨は、時に声をかけ、時に手を握り、そして時に放っておいてあげるだけ。極端に口数の少ない笑兵衛は、ただいつも黙っているだけ。

ばかやろうと、つぶやいた。誰が本当のことなんか話すかよ。だが、お捨のつくってくれた重湯をすすりながら、また男に騙されたことを話す自分の姿が見えた。

 説明的な第三者視点の言葉はどこにもなく、常に誰かの視点、心の中の思いだけで綴られていく文章はとても美しくてハードボイルドです。そのおかげでお捨の魅力が直接的に伝わってきます。小太りで色白、ころころと転がるような笑い声でいつも笑顔を絶やさない... くらいしか実は情報がないのに、しかしこの小説を読んでいるとクッキリとした姿が浮かび上がってきます。その「お捨像」は読む人それぞれ違っていて、それはその人自身が求めている救いの女神の姿なのではないかと思います。

 この本の巻頭に載っている江戸時代の深川の地図と、現代の門前仲町あたりの地図を見比べれば、この小説の舞台がどのあたりだったのか、すぐに分かります。そこには実際には何の面影も残っていないはずですが、そこに行って、絶えず聞こえてくる水の音と、振り返った橋の上に立つお捨の面影を探したくなります。この小説は全てフィクションなのに、そんなことを考えてしまうようなシリーズでした。

 【お気に入り度:★★★★★】