酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

仇討

仇討: 吉原裏同心(十六) (光文社時代小説文庫)

仇討: 吉原裏同心(十六) (光文社時代小説文庫)

年が明けた「御免色里」吉原で、客の懐中物や花魁の櫛笄が次々に盗まれた。悪童たちの仕業と、さっそく捕縛にあたった吉原裏同心・神守幹次郎だったが、その背後にさらに大きな勢力の影がちらつく。吉原に触手を伸ばす勢力に、幹次郎の剛剣がうなり、新必殺武器の小出刃が飛ぶ。そしてまた新たに、吉原を大藩との騒動に巻き込む問題が―。会心のシリーズ第十六弾。

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 佐伯泰英さんの「吉原裏同心」シリーズの第十六巻です。新作発行ペースがそれほど早くないこのシリーズにしては、つい最近読んだばかりなのにもう新刊?とか、「仇討」ってタイトルは前にも読んだような気が...? などとやや不審に思いつつ手に入れたのですが、それは単に私が前巻を読むのが遅かっただけで、現在でも約半年に一巻ずつのペースで進んでいるようです。「仇討」という題名も、時代小説で取り上げられやすいテーマですし、以前に池波正太郎の同名短編集を読んだことがあったことを思い出しました。

 今や毎巻ちゃんと追いかけている佐伯さんのシリーズものは、この「吉原裏同心」と「鎌倉河岸捕物控」だけになってしまいました。「密命」は一巻しか読んでいないし、「居眠り磐音江戸双紙」は途中リタイアしてしまってます。やはりこのくらいのペースじゃないとちょっとついて行けそうにありません(A^^;

 さて、吉原と言えば江戸唯一の官許の遊里なわけですが、その成り立ちからして政治との関わり、しかも裏のドロドロした部分との関わりというのも、実際に少なくなかっただろうと想像は付きます。その点に想像を膨らませ、政権が田沼意次から松平定信移ったあたりに絡めた壮大な政治闘争が描かれたこともシリーズ中にはあったのですが、今作ではそんな難しい話はどこへやら、物語はすっかりと平和な雰囲気に包まれています。前回登場した「魑魅魍魎」も出てきません。とはいえそこは小説ですから、いろいろと事件は起こるわけです。

 今作の表題にもなっている「仇討」もその一つ。と言っても幹どのと汀女さまに関わる仇討ちではなくて、出会い頭に幹殿が関わってしまったちょっとした事件に過ぎません。それよりも今作はその前の「凧上がる」の方がストーリー展開的には表題に相応しいのではないかと思ってしまいました。吉原会所や幹どのの本業に近く、ちょっと泣けるいい話も混ざっています。そして、これまで散々引っ張ってきた竹松の一見にも進展があります。まぁ、これは余談に過ぎないのかも知れませんが、このシリーズを読んできた読者ならだれもが顛末に興味を持つ部分ではないかと思います。そしてそのオチの付け方もみごとで、さすが幹どのと唸ってしまいます。いや、ここは佐伯さんの筆が冴えてると言うべきでしょうか。

 ところで、当時の「吉原」はぶっちゃけて言えば、単なる性風俗業というだけでなく、人身売買と奴隷制度によって成り立っていました。似たような非人道的な仕組みというのは時代的にも他国も含めて他にもいっぱいあったとは思いますが、その中でも吉原がとりわけ特殊なのは、そこに後ろめたさどころか見栄と粋、伝統や文化、格式といったものを身につけ、社会の中に堂々と存在したことではないかと思います。その大きな矛盾というか天国と地獄、美と醜悪が同時に存在している危うい雰囲気こそが、吉原の魅力であるのかもしれません。

 何が言いたいのかというと、当初は吉原(会所)の存在を無邪気に味方側、つまり善玉と設定してきたこのシリーズの空気が、最近は少し変わってきたように感じます。手放しに吉原会所をヒーロー扱いするのではなく、どことなく光と影を感じさせる奥行きが出てきました。妙な政治闘争や妖怪との戦いを描くのではなく、こういう微妙な空気の中で生じる人間模様のほうが、ずっと読んでいて面白いですし、幹どのの活躍もむしろ引き立るような気がします。いえ、それでは佐伯節ではないと反論があるかも知れませんが。

 さて、スーパーマンの幹殿のスーパーぶりはもちろん今作でも衰えません。何をやらせても達人級で、誰からも愛され誰からも賞賛される男。その人望をうらやむのは会所の向かいにある面番所のしがない役人ばかり。でも、その幹殿も人間だったんだ!ただの男だったんだ!ということを思い出させる大事件が起こります。そう「いつの時代も事件は男と女の業」なんですよね。それが吉原の中で起こると大変なことになります。さてさて、半年後が楽しみです。

 【お気に入り度:★★★☆☆】