酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

まほろ駅前多田便利軒:三浦しをん

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

 

  友人から借りた紙袋一杯の時代小説の束の中に紛れていた一冊がこの本です。次に読む本がなくて困っているときに、とりあえずこれでも読んで間をつなぐか、と消極的に手にしました。もちろんこの本は現代物ですし、三浦しをんさんの作品を読むのも初めてです。過去の経験上、どうも現代物はイマイチ相性が良くないけれど... と思いつつ期待せずに読み始めました。

 "まほろ"というのはもちろん架空の地名。ただしどうやら多摩や町田周辺の東京・神奈川西部の住宅地をイメージしているようです。そこで便利屋さんを一人で営む男の名が多田啓介。この人物、どうやら今の自分とほとんど同年代の設定ではないかと思われます。便利屋という客商売をやりつつも、どことなく世捨て人のような雰囲気を漂わせ、訳あり感がプンプンします。

 そしてそこにさらに登場するもっと訳あり風な男、行天晴彦。エキセントリックというかリアル世界ではお目にかかれないくらいの突き抜けた変人です。多田と行天とは、切っても切れない腐れ縁がありました。物語はその辺の事情説明から始まっていきます。と、実はここまで読みかかったところで、「やっぱりか・・・」という印象を最初は持ちました。その印象とはどちらかというとネガティブなものです。

 やたらにタバコをスパスパと吹かす登場人物達。どことなく古くさい昭和的イメージ。そして訳ありな過去を持ちつつも正義漢で何とか社会に踏みとどまっている主人公。さらにそこに完全に逝ってしまった凡人には理解できない変人という組み合わせ。それらの設定がありふれているというわけではありませんが、何となく思ったとおりというか、先が読めるというか、万が一お話としては面白くても、私個人的には到底そこに共感を見つけることはできないだろうと思えてしまうものでした。遙か昔を舞台にした時代小説のほうが、よほどリアリティや身近さを感じてしまいます。

 が、読み進むに従って、そんなネガティブな予感はことごとく裏切られてしまいました。不覚にもこの物語の中にのめり込んでしまったのです。この二人の男に加えて、出てくる登場人物は誰も彼もリアルには存在するとは思えないくらいの変人ばかり。むしろそこが良かったのかも。そんな、変人達はあり得ないのではなく、自分や周囲の人々にあるちょっとした正確や感情や境遇を、大げさに強調しただけだったようです。いわばちょっとした小説的な誇張。

 展開が予想通りだったかどうかよりも、便利屋の多田が最後の依頼人のエピソードへと巻き込まれ、過去と現在と未来が複雑に絡んでいく物語力には、純粋に思い切り引き込まれてしまいました。そして最後の落ちの付き方もスッキリです。純粋に、久しぶりに楽しめた現代物小説です。

 ということで、この物語のテーマというか結論は、わりと序盤に出てくるこの言葉にあるのではないかと思いました。ちょっとくさい台詞ですが、まぁ、そういうことです。きっと。

 「犬はねえ、必要とする人に飼われるのが一番幸せなんだよ。」  「誰かに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ。」

 もちろん、それが当てはまるのは犬だけではありません。

 お勧め度:★★★★☆ (アリではないでしょうか)