酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

素浪人横町:池波正太郎ほか (縄田一男 選)

素浪人横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)

素浪人横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)

 

  文芸評論家の縄田一男さんの選による、短編アンソロジーです。以前にも「たそがれ長屋」という長屋ものの三部作がありました。長屋ものは先の三作で終了したのですが、こんどは「浪人もの」として再スタートとなるようです。その第一作がこの「素浪人横町」です。このシリーズは短くまとめられていて、しかも一話ごとに完結しているため、とても読みやすいです。さらに未読の作家さんの作品サンプルに触れられるという利点もあります。

 さて今回のテーマは浪人。浪人と言えば、簡単に言えば「主を失った武士」なわけですが、要するに実態は失業者です。しかし厳格な身分格差社会においては、職を求めて早々簡単に町人や農民になることもできず(中にはそういう人もいたようですが)、かといって武士としての仕事の口は泰平の世の中にはほとんどなく、彼らの生活は困窮を極めます。「武士は食わねど高楊枝」を実践していられるうちはまだ良いですが、そうも言ってられないことも少なくなかったようです。

 今作に収められているのは山本周五郎、滝口康彦、池波正太郎、峰隆一郎、山手樹一郎の5人の作品。ちなみに山本周五郎と池波正太郎以外の作品は全く読んだことがありません。さて、この5人の作家さんが描いた物語に登場する、5人の浪人達の置かれた状況は様々です。武士としての気位を保ち、やせ我慢を続ける様を面白おかしく、ちょっぴりほろ苦く描いたものもあれば、命のために、家族のために体面を捨ててもがき苦しむ様もあり。わずか200ページあまりに5編が収められた短編集ですが、その内容の濃さはかなりのものです。

 第一話の山本周五郎作の「雨あがる」はとても有名な作品ですが、能力はあるのになぜか浪人し、仕官の口を探して度を続ける夫婦。夫婦の関係というよりも、主人公の伊兵衛のキャラクターが際だっています。でもそれだけでは終わらない物語力はさすがとしか言いようがありません。タイトルの通り、スッキリとさわやかな読後感の物語です。

 第二話は初読となる滝口康彦の「異聞浪人記」がこの短編集の中では最も記憶に残りました。いや、突き刺さったと言っても良いかも。あまりにも理不尽でもの悲しい展開に涙し、そしてあまりにも格好良くて鳥肌の立つような結末に震えてしまいます。武士という矛盾に満ちた立場と、それに抗うことのできないまま落ちぶれていく人々。貧乏でも長屋に暮らす町人だったら、まだいくらでも救いはあったかも知れないのに、と思います。

 そして第三話の池波正太郎氏の「夫婦浪人」は結構悲しい物語なのに、ホッとする暖かな印象が後に残るのはなぜなのでしょうか? 弥五七の優しい人間性が伝わってくるからでしょうか。当初はコメディかと思われた物語は、意外な展開を見せ、どうしようもなく情けない弥五七こそが、真の武士であったことが証明される結末へ。主人公の小兵衛とともに、読者もいつのまにか弥五七贔屓になってしまいます。

 残りの二編も珠玉の短編浪人もの小説です。一つ一つは無関係な独立した小説でありながら、ちゃんと順番も考えられているようです。アンソロジーでありながら起承転結があり、スッキリとさわやかな読後感を導く編纂は、とても上手くできています。

 お勧め度:★★★★☆ (時代小説初心者の方にもお勧めです。もちろん読み尽くしている方にも)