酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

色とりどりの襤褸をまとった美しい舟がゆく世界観に引き込まれる「11 (Eleven)」など最近読んだ本3冊

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 ここ最近(と言っても4月以降に)読んだ本の感想文です。今回も結局時代小説ではなく、ネット上の話題になった記事に関連して紹介されていた本の中から、雑食気味に興味を持ったものを余り深く考えず買って読んでみました。

 今まで読んだことのない分野の本を読むのは、とても新鮮で気分の良いものですが、今回紹介する3冊のうちの最初の2冊は特に、今まであまり使ったことない脳と心の一部を強く刺激されたような、強烈な印象が残りました。まるではじめて時代小説に触れたときのように、小説を読む面白さを再発見した気がします。

 ただしどちらも、決して美しくて感動的な物語ではありません。むしろその逆で、心がザワザワとして不快なものに触れているのに、気になってやめられない... と言った感じです。こういうのは中毒を起こしそうでちょっと怖い気がします(A^^:

理屈ではなく肌で感じるSF&ホラー小説短編集:11 (Eleven)/津原泰水

11 eleven (河出文庫)

11 eleven (河出文庫)

百年に一度生まれ、未来を予言するといわれる生き物「くだん」。鬼の面をした怪物が「異形の家族」に見せた世界の真実とは(「五色の舟」)―各メディアでジャンルを超えた絶賛を受け、各種ランキングを席巻した至極の作品集がついに文庫化!津原泰水最高傑作短篇との呼び声が高い「五色の舟」を始め、垂涎の11篇を収録。文庫版オリジナル、著者による自作解題も併録。

 本作の作者である津原泰水さんについて、実はこの本を手にする直前にその存在を知りました。そのきっかけは、最近ネット上を中心にして巻き起こっていた騒動によります。

 この記事がまさに「直接のきっかけ」というわけではないのですが、最終的に一連の騒動に対する津原氏側の考え方と立場がよくまとまっている良記事なので、リンクを張っておきます。

 この騒動を眺めていて「この人(津原氏)はどんな小説を書いてる人なんだろう?」ということが気になり、数ある過去作の中から、本作「11 (Eleven)」を買ってみました。そのタイトルが表すとおり、この本には津原泰水氏を代表する短編小説11編が収められています。

 中でも最初に収録されている「五色の舟」は、漫画化もされている一番の名作とのことです。期待して読みはじめてみると、これまで読んだことのある小説の何にも似ていなくて、まるで知らない言語で書かれてるかのような錯覚に陥りました。

 一語一文をたどりながら、何度もページを戻って読み直しつつ、ゆっくりと読み進んでいくうちに、いつの間にか完全にその独特の世界の中にに吸い込まれ、自分自身も「くだん」と目が合ったかのよう。

 短編ならではのリズムの速さで進む結末への展開がさらに鮮やかすぎて、最後の数ページもまた、何度も何度も読み返してしまいました。特に最後の一文はあまりにも印象的で美しすぎます。

...こちらのかりそめの自分が死んだら、また心はあそこに戻っていくという、確信めいた想いから僕らは逃れられずにいる。
 色とりどりの襤褸をまとった、あの美しい舟の上に。

 広島に原爆が落ちなくて、学校に通える世界よりも、自分自身を見世物として生きていた世界へと戻っていく和郎の告白が心に響きます。

 「五色の舟」に続く10編も素晴らしいものばかりです。私個人的には「クラーケン」がとても気に入りました。これもまた理性では分からない、言葉では何も説明されていないけど、結末を迎えて心にずしっと響いてくる物語です。

 この11編はそれぞれ全く違った雰囲気を持っていながらも、ひとつの塊としてしっかりと1冊の本として成立しています。短編こそが小説の原点的なことが後書きに書かれていましたが、なるほどその通りだと思いました。

歪んだエリート意識と女性蔑視が引き起こした集団わいせつ事件:彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ

彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから

横浜市郊外のごくふつうの家庭で育ち女子大に進学した神立美咲。渋谷区広尾の申し分のない環境で育ち、東京大学理科1類に進学した竹内つばさ。ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。渦巻く人々の妬み、劣等感、格差意識。そして事件は起こった…。これは彼女と彼らの、そして私たちの物語である。

 2016年5月に実際に発生した事件を元にした小説です。ドキュメンタリーではなく、あくまでもフィクションなのですが、しかし実際にあった事件から「着想を得た...」と言うレベルではなく、要所要所でドキュメンタリー的な書き方がされています。そしてそこからは、この事件に対する作者の「怒り」が強く感じられます。

 この本を読もうと思ったきっかけは、今年2019年4月の東大入学式における上野千鶴子氏の祝辞を読んだことです。

 この祝辞は大きな注目を集め、ネット上においても賛否入り乱れた話題となりましたが、その祝辞の中でこの小説について触れられています。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

 「彼女は頭が悪いから」という言葉を加害者が口にしたというエピソードには衝撃を受けました。「から...」の後に続く言葉はなんなのか? 想像するだけで胸くそ悪くなります。

 さらに、この小説では事件後にネットに溢れた被害者バッシングにも触れています。加害者を擁護し被害者を貶める、どこかで何度も繰り返されてきたような醜悪で露悪的なコメントがネット上にあふれかえりました。

 作者がこの小説にこめた「怒り」は、もしかしたら直接の加害者達よりも、そういった無神経なネット世論に向けられたものではないか?と言う気もします。

 そして「彼女は頭が悪いから」と弁明した加害者は、実は社会一般に普通にある裏の声を代弁しただけなのかも知れず、それに怒りを覚えるのは衝撃を受け驚くのは、自分自身の心の奥底にあるそういう差別感情に手を突っ込まれた感じがするからかも知れません。


徹底的な史料主義による歴史小説:無私の日本人/磯田道史

無私の日本人 (文春文庫)

無私の日本人 (文春文庫)

『武士の家計簿』から九年、歴史家・磯田道史が発見した素晴らしき人々。穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月。江戸時代を生きた三人の傑作評伝。

 バラエティからドキュメンタリーまで、テレビの歴史番組にも解説者としてよく出演されている磯田道史氏の筆による、初の小説です。

 小説と言っても、磯田道史氏らしく古文書(史料)をじっくりと読み解いた上で、徹底的に史実に沿った内容で進んでいくので、半分はこれまで通りの歴史解説書、あるいは歴史ノンフィクション的な側面も持っています。

 取り上げられているのは穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月の3名。一般的にはあまり知られていない(少なくとも私ははじめてその名前を知りました)歴史上の人物です。タイトルはやや大げさな気もしますが、この3人に共通するのは私欲がまったくなく、地域や社会に尽くした人という点です。

 しかし、この中で私的に印象に残ったのは、中根東里が極貧時代に江戸の街中で見たという、3歳くらい男の子の悲劇的なエピソードです。その子は母親が亡くなり、父親は仕事で家を空けるために、近所の乳母に預けられたものの、そこで虐待され、近所の子ども達からもいじめられ、誰も助けることなく亡くなっていった、という悲しい話です。

 江戸の街はセーフティネットがしっかりしていて、特に子どもの養育に関しては親がいなくとも長屋と大家、町名主の責任で手厚く行われていた、というイイ話を散々読んできましたが、それはウソではないとは思いますが、例外はいくらでもあったという、当たり前の事実を突きつけられました。

 しかも、この中根東里が書き残しているエピソードは「そういうこともあった」という一般論ではなく、彼自身が実際に見かけて気に病んでいた、特定の具体的な子どものことなのです。名前も顔も分からないけど本当にこの子が存在していたことを思うと、何とも言えない気持ちになります。

 と、ちょっと本題とは関係ない些末な部分への感想を書いてしまいましたが、本書全体は、少し風変わりな歴史小説として楽しめるし、江戸時代に関する蘊蓄も増やすことが出来る良書だと思います。