- 作者: 宇江佐真理
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/09/03
- メディア: 文庫
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台所の片隅で小説を書きながら、夕食の支度が気になる私。大工の亭主は今日も汗まみれで帰ってくるだろう。育ち盛りの息子は私の原稿料で大学へ行かせてやらねばなるまい。家も持たず車も持たず、高価な服も宝石もいらない。そう、私は作家であるまえに、主婦なのだ―。人気時代小説作家が綴る、つましくもほがらかな心の日記。
また宇江佐真理さんの文庫新刊が出てる!と手にとってそのまま買ってきた本です。が、開いてみたらこれは新作小説ではなく、宇江佐真理さんが10年間にわたって、これまでに新聞や雑誌に書いたエッセイ集でした。この本には「ウエザ・リポート」という副題がつけられています。これはもちろん”Weather Report”をもじったもの。というか「宇江佐」というペンネームが”Weather”から取られていることは、宇江佐ファンならとっくに承知のはず。
このエッセイ集につけられたあとがきによれば、ここに書かれているのは「自慢話」かもしれないとのこと。そう、作家としての足跡、苦労話はもちろん、生まれ育った函館の街について、家族について、日常生活について、影響を受けた作品について、そして作家としてというより、一人の女性としての矜持について書かれています。この本を通して、宇江佐真理という人の普通の日常が見えてくるようです。
とても好きな小説があったとして、その作者の人となりを知りたいか、と言われると実は微妙なところです。どんな人が書いてるかは関係なくて、その作品が気に入ったなら、それで良いのではないかと。でも、宇江佐さんはこのエッセイ集の中で、藤沢周平の作品を読むには彼の経歴を知るべきだ、と書いています。確かに、宇江佐作品を読むに当たっては、宇江佐さんがどういう人であるかを知ることで、その理解が深まるのは確かだと思います。
たとえば、先日「夕映え」という作品を読みました。その中で、主人公たる一膳飯屋の女将”おあき”が、彰義隊に参加してしまった息子の良介を心配するシーンがあります。自分がお腹を痛めて産んだ初めての子供、小さな時にはいつも自分にまとわりついていた可愛いあの子が、成長し、上野の戦争に行き、やはり誰かの息子であるはずの他人と殺し合いをし、そして無残に死んでいくかもなんて、考えただけで立っていられなくなる… と言うような内容でした。
単に子供を心配する母の気持ちを描写しただけ、と読み流すことはできます。が、今回この「ウエザ・リポート」を読んで、宇江佐真理さんはあの部分を、本当に心の底から一人の母親として本気で書いていたであろうことに気づきました。良介を心配するおあきを書こうとした時に、ふと自分の息子の死を想像してしまった宇江佐さんの気持ちが生々しく出てきたのではないかと。
このエッセイの中で彼女は、一人の小説家である前に女であり、妻であり、母である、ということを繰り返し書いています。中でも「二人の息子の母である」という点に、一番力が置かれているように感じました。
だから、宇江佐さんの作品を読むに当たっては常に、女であり、妻であり、母である、という目線を持つ必要があります。いや、必要があると言うよりは、そうすると理解が深まります。いやいや、もっと言えば、宇江佐さんを知らなくても、作品を読んだ読者は早晩、これは女性の目線で書かれていることに気づかされるはずです。こう考えると、女性でもなく、人の親でもない私には宇江佐さんの言葉は半分も読めていないのかも知れません。
それでも、この「ウエザ・リポート」を読むと、やっぱりそうだったのか!と得心することがあるはずです。私も過去に何十冊と読んだ宇江佐作品の一つ一つが思い出され、その全てをこのエッセイ集とともに、ようやく読了することができたかのような気分です。
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