- 作者: 北原亞以子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/05/15
- メディア: 文庫
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無謀にも将軍綱吉に衣装自慢を仕掛けた豪商の石川屋六兵衛とその妻およし。危ないと知りつつ幕府批判の風刺画を引き受けた人気浮世絵師の歌川国芳。曰くつきの家を買った平賀源内が起こした殺傷事件の顛末。時代の風潮に反発し、心の赴くままに意地を貫き、破滅をも恐れない風狂な人々を描いた七作の短篇集。女流文学賞受賞作品。
北原亞以子さんが亡くなってから、本当の新作は未発表の遺稿でもない限り、もう望めなくなってしまいましたが、文庫版では旧作品の再版や増刷が行われているらしく、本屋さんに行くと初めて見る題名の北原作品を目にする機会が増えてきました。そういう文庫を見つけるたびにそのまま買ってしまうわけですが、この本もその一冊。13年前にすでに別の出版社から文庫化されていたものを、講談社文庫で再版したものです。何となく北原作品はほとんど読んできた気に勝手になっていましたが、よく考えたらそんなわけはなく、こうして古い作品にさかのぼっていけば、まだまだしばらくは北原節が楽しめるのかも?と思うと、ちょっとうれしくなります。
さて、今回飲んだこの作品、表題が良いですよね。「風狂」とは耳慣れない言葉ですが何となく意味が分かってしまいます。「風流に狂う…」と訳すと字面は合いますがちょっと意味合いは違うのかも。「風流」よりもむしろ「粋」の方が近いような気がします。今作に登場する「風狂」な人々は総勢で七人。しかも全て実在した人だそうです。中でも第一話に登場する石川屋六兵衛とその妻およしの物語は素晴らしくて度肝を抜かれました。本当の「風狂」で「粋」な人とは、こういう人のことを言うのかと。小説の中のお話ではなく、本当にこんなことをした人が江戸の昔にいたというのが、なぜかたまらなく嬉しくさえ思えてきます。
妻およしの突拍子もない計画を聞いて、六兵衛はこう反応します。
六兵衛は、大声で笑い出した。笑っても笑っても、次の笑いがこみ上げてきて、しまいには涙が出てきた。・・・中略・・・おのが女房ながら、その桁はずれなのんきさがたまらなく好もしかった。
とんでもない事を考えつくおよしもおよしなら、それを笑って受け入れてしまう六兵衛も六兵衛です。一財を築き上げた商人であれば、保身を何よりも第一と考えるのが普通の人。しかし彼らはそんな自分たちの財産も地位も、果ては命までをも惜しいとも何とも思わず、破滅を覚悟の上で大勝負に出るのです。それが粋で風雅だからと心の底から信じ、ただ面白い、好ましいからという理由で。
結果彼らは財産とそれまでの生活の全てを失います。でも彼らは勝負に勝ったのです。およしが考えつき、六兵衛がお膳立てをした「風狂」な勝負に。
根っからの純粋な「風狂」だった石川屋夫婦に比べたら、金の力で「風狂」という名声を得ようと売名行為を繰り返した人がいました。和泉屋甚助というこれもまた一財と社会的地位をもった商人です。金の力で売名をするなんて、いけ好かないやつはいつの時代も嫌われるに決まっています。そんな彼を疎ましく思っていた加賀屋寿之助はある日自分が間違っていたことに気がつきます。
ばかをしつくすのが通人なら、甚助ほどの通人はいない。甚助にくらべれば、財産に縛られて遊びをやめた治兵衛は、身内の情にしばられて借金をふやしていく寿之助とかわるところがない・・・中略・・・寿之助は、二十五両だけを懐に入れて立ち上がった。あとの三十四両二分十一文を、今夜の甚助のために残しておくのは、寿之助の意地だった。
うん、こことても良いシーンです。甚助が日本一の通人であることに気づき、自分の凡人ぶりに気づいた寿之助は、結局二十五両懐に入れてしまうところが、何ともいえずにじんわりきます。ここで心意気を見せたつもりで全てを置いていくのはむしろ凡人、十四両も残れば良いかと必要なだけ持って行くのがむしろ粋ってものでしょう。意地を見せた末の寿之助の中途半端ぶりが甚助の風狂ぶりを際立たせます。
続く五話ではそれぞれ、池大雅、平賀源内、藤枝外記、歌川国芳、馬場文耕が取り上げられます。平賀源内と歌川国芳以外は私にとっては全て初めて知る人々です。彼らも石川屋夫妻や和泉屋甚助に負けず劣らず破格の「風狂」ぶりを見せ、財産と社会的地位を脅かしてもその道を突き進みます。そのあまりの格好良さに惚れ惚れとしてしまいました。江戸時代にもこんな人々がいたなんて、と。
考えてみればいつの時代にもこうやって社会からはみ出していく「変人」はいたのでしょう。そして今もいるのでしょう。その時点では中々理解できないものです。私のような凡人に理解できたら、それは「風狂」でも何でもないのですから当たり前です。しかしこうして時代を超えて、しかも北原さんの筆によって浮かび上がってくる、彼らの狂いっぷりの格好良さはよく分かります。それがまた小説、特にこうした時代小説を読む面白さなのだと再発見したような気がします。
【お気に入り度:★★★★☆】