- 作者: 岡本綺堂
- 発売日: 2012/09/27
- メディア: Kindle版
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明治から昭和初期の劇作家・小説家である岡本綺堂の代表的作品。初出は「文藝倶樂部」[1917(大正6)年]。シリーズ第1話「お文の魂」。番町に住む旗本松村彦太郎の家に、妹のお道が三歳の娘お春を連れて帰ってきた。夜毎その枕もとに散らし髪、びしょぬれの女が現れお春が「ふみが来た!」と叫ぶ。半信半疑の松村、小幡の眼前で、またもお春は「ふみが来た!」と悲鳴を上げた。この一件に首を突っ込んだKのおじさんが、神田の岡っ引半七に相談を持ちかけると、半七は二・三の質問でたちどころに真相を看破するのであった。
「半七捕物帳」シリーズは、時代小説の中でも特に人気があるジャンル、「捕物帖」の元祖と言われています。岡本綺堂によるこのシリーズが発行されたのは大正から昭和初期にかけて。すでに著作権が切れて青空文庫に収録されているような古典であり、Kidle版では第一話「お文の魂」が無料でダウンロードできるようになっています。ということで、iPad Airに入れたiOS版のKindleアプリで、電子書籍とはどんなもんかな?というお試しの意味を込めて、この「捕物帖の祖」を読んでみることにしました。
岡本綺堂と半七捕物帳の名は時代小説を好んで読む一人として、以前から知ってはいました。非常に古い作品と言うこともあり、しかも捕物帖の元祖と言うこともあって、現代人の私にとっては読みにくい小説ではないかと何となく思い込んでいるところがありました。しかし今回第一作目を読んでみた結果、その思い込みは色々な面で完全に裏切られました。
明治時代に生きる「わたし」が「Kのおじさん」から聞かされた、江戸末期の不思議な思い出話を語る… というプロットの斬新さと、半七親分のさりげない登場の仕方は全く予想していなかったものです。「捕物帖」と言えば厄介な事件がつきもの。極悪非道な悪人に立ち向かう正義の味方と大立ち回り、あるいは難解な事件の真相を知恵と根気で紐解いていく鮮やかな謎解き。それらで活躍するのはきっと単純でわかりやすいヒーロー… その後、時代小説の一大ャンルとして広がった典型的「捕物帖」を思えば、その祖は最も典型的なものであろうと勝手に想像していましたが、この物語はそうではありませんでした。
「お文の魂」という表題からも推測されるように、これは女性が中心の物語。そこには事件らしい事件は起きません。少なくとも誰の命も奪われず、血の一滴も流れず、びた一文無くなることはありません。むしろ女性が起こす事件と言えば「色恋沙汰」のもつれです。それはそれでステレオタイプで古典的と言えるのかもしれません。しかし半七親分の活躍を記した、記念すべき第一話目とするには、あまりにも地味な事件なのです。
となると、物語中で語られる思い出話そのものよりも、そこに描かれる江戸末期の風俗にやはりポイントがあるような気がしてなりません。江戸と明治を両方生きてきた人が当たり前にいる時代の昔話。今で言えば、年寄りが昭和を語るようなものでしょうか? いずれにしても伝聞形式であるが故にむしろリアリティーがあり、この小説が100年近く前に書かれたものとは思えないほど、文章もすんなりと頭に流れ込んできます。
しかしこの第一話は、その後連綿と続く「半七捕物帳」のプロローグに過ぎません。
・・・わたしは或る機会から、この半七老人と懇意になって、赤坂の隠居所へたびたび遊びに行くようになった。老人はなかなか贅沢で、上等の茶を淹れて旨い菓子を食わせてくれた。
その茶話のあいだに、わたしは彼の昔語りをいろいろ聴いた。一冊の手帳は殆ど彼の探偵物語で埋められてしまった。その中から私が最も興味深いと感じたものをだんだんに拾い出して行こうと思う、時代の前後を問わずに−−
この第一話は上に引用した一文で閉めくられています。つまり、ここから本当の半七捕物帳が続くと言うことです。晩年を明治という時代で過ごす半七親分。彼の昔語りを聴いた「わたし」が書き記していく、という構成で。なので、その導入であるこの第一話「お文の魂」だけは特別な物語なのかもしれません。
その証拠に、以下のような一文もこの第一話の結末に書かれていました。
・・・これらの探偵談は半七としては朝飯前の仕事に過ぎないので、その以上の人を衝動するような彼の冒険仕事はまだまだほかにたくさんあった。彼は江戸時代におけるシャアロック・ホームズであった。
なるほど、岡本綺堂はこの半七捕物帳を、江戸版のシャーロック・ホームズとして書いたということなのでしょうか。事件簿をつけたのは一緒に冒険をしたワトソン博士ではありませんが「冒険」や「探偵」という言葉を使うあたりからも、シャーロック・ホームズを意識したらしいことが感じ取れます。
私は昔から時代小説を読んでいたわけではありません。読書体験の始まりは中学生時代に読んだ「シャーロック・ホームズ」シリーズからです。ということで、この和製シャーロック・ホームズの祖たる「半七の冒険」に俄然興味がわいてきました。これから残り67作を少しずつ読んでいこうと思います。
【お気に入り度:★★★★☆】
Kindleアプリ
さて、KindleアプリをiPad Airに入れてみたわけですが、今回読んだ「お文の魂」は短編で非常に短い小説ですので、もっと長編をじっくり読み込んでみないと分からないことが多々ありそうです。
とりあえず現時点での感想を言うと、読みやすさは問題ありません。Eインクではない普通の液晶ですが、Retinaディスプレイにより小さな字も滑らかに表示されるおかげか、縦書きで行間も適当にあるおかげか、パソコンでWEBブラウザに表示される長文を読んでいるような感覚とはかなり違い、本を読んでいる気分になります。またiPad Airなら電池の持ちも問題ないでしょう。何時間もぶっ通しで本を読み続ける根気はもともとありませんので。
私は普通に紙の本を読んでいても、重要と思われる部分や、気に入った言葉、文章があるページの角を折っていく癖があります。そして読み進めるうちに戻って確認したり、この感想文を書くときにダイジェストで参照したりするのに使えます。Kindleアプリにはただの「ここまで読んだ」という意味の”しおり”だけではなく、複数箇所にマークを入れて、後で一覧を参照できる「マイノート」という機能がありました。電子書籍リーダーでは当たり前のものかもしれませんが、流石分かってるなぁ、と感心しました。
不満点というか、不明点もいくつかあります。まずは検索。紙の本に対し電子書籍の最大の利点と思うのですが、なぜか今回読んだ半七捕物帳 01 お文の魂では検索が出来ません。メニューには虫眼鏡マークがあるので、アプリとしてサポートしてないことはなさそうですが、書籍データによって検索できないものがあるのでしょうか? このくらいの短編なら構いませんが、長編で検索できないとかなりがっかりです。
もう一つがランダムアクセス性。これもデジタルデータが得意とするところのはず。しかし非常に使い勝手はよろしくありません。途中でふと前の方を読み直したいなと思ったときに、そこにたどり着くのが難しいのです。紙の本をぱらぱらとめくるようには行きません。アプリのUIの問題もあるでしょうし、ページの概念を無くし、ロケーションというよく分からない単位を導入しているわかりにくさもあります。
とまぁ、今時点で気づいたのはこのくらいです。まだ殆ど本は買ってませんが、データが多くなると何より保管場所を取らない、無くさない、ということが一番の恩恵かも。今のところ紙の本に戻るかどうかの確立は五分五分だと思います。いや、六分四分でやっぱり「本」がいいや、ってなりそう…(A^^;