- 作者: 佐藤雅美
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2009/12/25
- メディア: 文庫
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幕末期において外交と財政に携わった幕臣の一人、小栗忠順の半生を描いた小説です。いや、小説というよりはドキュメンタリーと言ったほうがいいのかも。佐藤雅美さんお得意の経済歴史小説のひとつであり、徹底的な資料主義と考証が貫かれています。
小栗忠順とは、広く一般に名前を知られていはいませんが、実際には幕末史には欠くことのできない重要人物です。実際のところ私もこの小説を読んで始めてその存在を意識しました。
彼は、日本人として始めてワシントンを訪れ、時の米国大統領に謁見したり、通貨問題などの交渉を行った、幕府きっての経済官僚であり外交官でした。その後、幕府が瓦解して明治維新を迎えるまでの、彼の経済、外交における活躍を描いたのがこの小説です。
その基礎となる資料は、小栗忠順自身が遺した家計簿とわずかの日記です。お金の流れを調べれば、当時の彼の考え方や行動が見えてくる… という、佐藤雅美氏にしか書けない異色の歴史小説ではないかと思います。
それにしても、小栗忠順の目線を借りて佐藤雅美氏が見る幕末史観は非常に新鮮で刺激的です。開国の必要性を理解し、真の"新生日本"を目指していたのは、小栗のいた幕府であり、決して朝廷や薩長による後の明治政府ではないし、維新によって初めて行われたものでもない。小栗は幕府自らの手による"維新"を目指して最後まで諦めなかった真の幕臣であった…。
というのは、決して異論でも極論でもないことが、小栗らの遺した資料をもとに一つ一つ丁寧に明らかにされていきます。そんな幕府寄りの幕末史観の中でも特に面白いのは、最後の将軍、徳川慶喜が徹底的に貶されていることです。
・・・(慶喜には)たしかに才はあった。あり余っていた。また果断な人物であるかのようにも見えた。だが肝心なところではいつもするりと逃げまわって責任を回避する、唾棄すべき卑劣漢だった。
それどころか、あの勝海舟さえも、「幕内にいて討幕運動を行った許し難い卑劣漢、さもしい男」と、一刀両断です。痛快きわまりありません。
この時期、幕府に欠如していたのは「人材」ではなく、「人材を登用する能力」であったことは、小栗の処遇をみればよく分かります。小栗の目指した”幕府による維新"は成りませんでした。それどころか、彼の施策は何一つ完成しなかったように思えます。それが結果的に新生日本にとって良かったことなのか、悪かったことなのか?そんな栓もないことをいろいろ考えてしまう小説です。
【お気に入り度:★★★★☆】