- 作者: 磯田道史
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/04/10
- メディア: 新書
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とある書評を読んで興味がかき立てられ手にした本。文庫ではなく新書として発行されていることからも分かるとおり、この本は小説ではありません。著者が手に入れた一箱の古文書を徹底的に分析した結果見えてきた、幕末のある武士の生き様を描いたノンフィクション解説書です。
手にした本書の帯には、でかでかと「映画化決定!」の文字が躍っています。小説ではなくて新書なのに映画化とは?という疑問が浮かびます。それほどにドラマチックな内容なのかと、期待が膨らみます。「事実は小説よりも奇なり」という有名な言葉のように、ドキュメンタリーにまさるドラマはそうそうありません。
さて、本書の基礎となる古文書とは、加賀藩のとある一家臣、猪山家が遺した明治維新を挟んだ三十六年分に及ぶ完全で精巧な家計簿が中心です。これにメモや日記、手紙などが合わさり、激動の時代に直面した猪山家の人々の生活、戸惑い、そして如何にしてこの時代を乗り切ったのか、猪山家のドラマが浮かび上がってきます。
作り話ではない、本物の武士の一家がこういう生活をしていたんだという事実には、改めて歴史のロマンを感じずにはいられません。明治維新の有名な人物伝ではなく、末端の武士が社会の大変革をどのように感じ、どのように思い、何をしていたのか?小説だけでは見えてこない、これこそが「本物の歴史」だと思います。
たとえば猪山直之が遺した手紙について書かれた、次のような一文があります。
鉄道開業などで文明開化の流れを悟り、隠居を決意した直之であったが、どうしても納得できない政策もあった。その一つが「太陽暦の採用」である。改暦前後の直之の姿は本当に痛々しい。・・・中略・・・ 十一月二十日になって急に「来月三日が年頭」と沙汰されても困るのである。「天と地、海と陸が逆さまになるとは、このことだ」と言って、本当に悩んでいる。
社会の支配階級としての身分とともに経済基盤をも失った武家の人々。少なくとも猪山家の人々は、廃藩置県よりも廃刀令よりも身分の変更よりも何よりも、暦の変更に打撃を受けた、という話はなかなか興味深いものです。
明治六年の太陽暦導入にまつわる混乱については、いくつかの小説でも取り上げられています。しかし、これが一武士、いや日本国民にとって、どれほど強烈なインパクトを与えたのか?猪山直之の苦悩に同情せざるを得ません。
さて、この本に書かれた猪山家のドラマがどう映画化されるのか?映画はほとんど見ない私ですが、ちょっとだけ興味があります。
【お気に入り度:★★★★☆】