- 作者: 磯田道史
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/09/30
- メディア: 文庫
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史料「土芥寇讎記」―それは、元禄時代に大名の行状を秘かに探索した報告書だったのか。名君の誉れ高い水戸の黄門様は、じつは悪所通いをしていたと記され、あの赤穂事件の浅野内匠頭は、女色に耽るひきこもりで、事件前から家を滅ぼすと予言されていた。各種の史料も併用しながら、従来の評価を一変させる大名たちの生々しすぎる姿を史学界の俊秀が活写する歴史エッセイの傑作。
新潮文庫から発行されてはいますが、この本は普通の時代小説ではありません。作者の磯田道史さんが文中で自身のことを「歴史家」と呼んでいるように、この本は一種の歴史解説書、あるいは歴史ドキュメンタリーとなっています。
以前同じ作者による「武士の家計簿」という本も読んだことがあります。これらの本はいずれも、史料を徹底的に調べ、そこに記されている「事実」をあぶり出しています。古文書を読み下し、磯田氏なりの解釈で肉付けされて浮かび上がってくる本当の江戸時代の「殿様」の姿は、脚色にまみれた小説の世界よりもある意味面白いと思えるのです。
「土芥寇讎記」に記された、全国津々浦々三百人弱もいた大名(=殿様)たちの素行。そこからめぼしい殿様を数人ピックアップして、本書では彼らの真の姿を解説しています。(不幸にも?)取り上げられている殿様は、水戸黄門で有名な水戸光圀、忠臣蔵で有名な浅野内匠頭、岡山藩の池田綱政、加賀藩の祖、前田利家と前田利常、そして徳川家譜代の内藤家長と本多作左衛門の計7人です。
前半の池田綱政までは「土芥寇讎記」の記述を丁寧に引用しながらの解説が続きます。しかしこの三人については基本的に「落としまくり」。女色狂い、浪費癖、癇癪症、政治面での無能さなどなど。池田綱政に至っては「バカ殿そのものである」とまで書かれています。時代劇がいかに虚構であるか、という点も含め、ある意味おもしろおかしく。通信簿的にはこの三人は落第生と言えそうです。
しかし前田利家以降になると、なぜか「土芥寇讎記」はほとんど引用されず、磯田氏の歴史学者としての論説が中心に。しかも今度は「持ち上げまくり」です。もちろんちゃんと史実をベースにしてはいるのですが、その切り口が何となく前半の三人とは違っているようにも感じました。
いずれにしろ、江戸時代の「殿様」と呼ばれた人々の実態だけでなく、当時の日本の”国の仕組み”を知るという点でも、とても興味深い本です。今後も時代小説を読むに当たって、脚色された世界を楽しむための下地の知識としても役立つと思います。
そういう意味で、本文中「浅野内匠頭」の下りで磯田氏が指摘する、「時代劇などに描かれる虚構」が蔓延することについての嘆きは、少し違うのではないかと思います。むしろ考えるべきは「忠臣蔵」や「水戸黄門」を面白がる日本人のメンタリティであると思います。そのキーこそが江戸時代の「殿様」と中心にした社会にあったはずなのですから。
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