- 作者: 佐伯泰英
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2012/10/11
- メディア: 文庫
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金子をかけて早脚自慢に走り合いを挑む若侍が日本橋に現われ、江戸が沸いた。「御免色里」の吉原が騒動に巻き込まれ、裏同心・神守幹次郎は、若侍の正体を暴くため探索に動く。一方、吉原の大籬で人気の振袖新造に異変が生じ、やがて惨劇が訪れる。そして、幹次郎にも罠が―。か弱き女と正義、そして人の心を幹次郎の豪剣が守る。人気爆発のシリーズ、17弾。
吉原裏同心シリーズの第17巻です。佐伯泰英作品の中では挫折せずに読み続けている数少ないシリーズもの。前作からおよそ半年ですから、このくらいのペースが私にはちょうど良いようです。さて、もはやシリーズ全体を通して背景を流れる主たる筋道はどこかへ吹き飛んでしまいました。吉原で起こる出来事(主には「事件」と言えるもの)のあれこれと、それに対する幹どの達の奮闘ぶりを楽しむ純娯楽小説です。
今回は大きな二つの事件が初っ端から発生します。一つは病気になった遊女に関するもの、もう一つは江戸の繁華街に現れて不思議な商売を始めた侍に関するもの。どちらかというとお侍の方が重要なエピソードのようですが、私としては病気の遊女に関わる顛末の方が気になりました。
まぁこれは事件と言えば確かに事件であり、表向きは一件落着なのかもしれません。しかしそこには「善が最後に勝つ」と言ったようなスッキリした分かりやすいハッピーエンドはありません。なぜなら、このシリーズは吉原を舞台にしており、主人公である幹どのは吉原側に立っている人間だから。無粋で悪どい客を懲らしめるとか、単に吉原で起こる犯罪に対応するならまだしも、吉原の掟を破った遊女に対し過酷な制裁を加えることが、当時の社会にとっても「善」であったかどうか、どうにも納得がいきません。
しかしその辺の矛盾は敢えて分かっていて佐伯さんは今作を書いたのではないかと思えてきます。事件を引き起こした遊女、花邨に対して誰もが「人としてなっていない」「人の善意を踏みにじる行為だ」というような、厳しい非難の言葉を投げつけますが、一体誰にそんなことを言える権利があるのか? 特に吉原の中の人間に「人としての正しい振る舞い」を語る資格があるのか? どうしても引っかかるのです。
特に今回の事件は、武家の掟に背いて自分を押し通した幹どのと汀女の過去と裏表の関係にあるようにも思え、その壮大なる矛盾は、佐伯ワールドがなせる業なのか、あるいは深い意味があっての仕込みなのか? と考えてしまいます。
この小説はノンフィクションではありません。幹どのが主人公であったとしても、小説とは最終的に作者が読者に向かって語っているものなのです。そうだとすれば、一方で、花邨の生い立ちと事件を引き起こした目的をさらりと書き流し、本当の「善」を仄めかすことで、暗に「吉原」という存在の異常さを際立たせているようにも思えました。
だからこそ、それほど異常な存在で裏と陰があるからこそ、その上で繰り広げられる粋と見栄と伝統と格式の世界は壮大なるお芝居であり、日本の社会の片隅に存在し続けたその舞台装置はとても魅力的に映るのでしょう。多分それは単に「今とは時代が違った」だけではない何かがあるように思います。
この手の無粋で野暮な考えは最も吉原に馴染まないし、この小説に対する適切な感想でもないとは自覚していますが、どうしても読んでいてそんなことを考えてしまいます。でもそこに嫌悪感を感じるのではなくこのシリーズにとても魅力を感じてしまうのだから、何とも面白い小説であることは間違いありません。
さて、幹どのは次はどんな活躍を見せてくれるでしょうか。半年後を楽しみにしたいと思います。
【お気に入り度:★★★☆☆】