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酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

現存する天空の城 備中松山城を見に行く

 毎年8月29日は焼肉の日を祝うために神戸まで出かけることになっているのですが、宴会本番は夜ですので、それまでは自由時間です。せっかく西の方へ行くならということで、東京を早朝に出発し昼間は観光をすることにしているのですが。今年はちょっと足を伸ばして岡山を目指すことにします。

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 目的地は備中松山城。岡山県高梁市にある山城で、全国に12ある現存天守をもつお城の一つ。牛臥山小松山という山の上、標高430mの頂にある、正真正銘の天空の城です。

ふいご峠へ

 飛行機で岡山入りし、レンタカーで高梁市へ向かいました。この日、東京地方は雨模様で肌寒い気候でしたが、岡山に着いてみると晴れて暑い夏の天気でした。日本は広いですね(^^;

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 高梁市街から細い道を上り、城見公園駐車場に車を止めてシャトルバスに乗り換えます。さらにバスは5分ほどの道のりを山登りをして、ふいご峠という小さな駐車場に到着。ここが備中松山城への入り口となります。

 平日はシャトルバスは運行しておらず、ふいご峠まで車で入れますが、駐車スペースはわずか10台ほどしかありません。あるいは高梁市街や城見公園からゆっくりと山登りすることも可能です。

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 さて、ふいご峠から備中松山城までは道のりにしてわずか700m、標高差は130mほどの山登りです。

山登り

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 階段なども整備されていますので、ただのちょっとしたハイキングレベルではあります。

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 しかし時にはそれなりにワイルドな自然を感じます。夏の天気とはいえ、木立の日陰に入るとひんやりした風が吹き気持ちいいです。酷暑日じゃなくて良かった!

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 途中にも所々石垣が残っていましたが、ゴール間近になってひときわ険しい断崖に積み上げられた立派な石垣が忽然と現れ、思わず「おぉぉ〜!」と小さく唸ってしまいました。いかにも門があったことをうかがわせる構造。備中松山城は建物は小さいのですが、石垣はかなりの迫力です。

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 天然の岩山に石垣が融合しており、自然の地形を上手く生かして作られた城塞であることがよく分かります。

山頂到着

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 ようやく山頂に到着しました。備中松山城は現役時代からそのまま現存する天守、二重櫓、三の平櫓土塀が国指定重要文化財となっています。それ以外の建造物は既に失われており、石垣だけが残っています。ぞの全貌を見ると、山城としてはそれなりの規模があったことが分かります。

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 ようやく目的地が見えてきました。奥の一番高いところにある二重の建物が天守です。かなり小さいですが、これが当時のまま現存する建物。その前の櫓や土塀は復元されたものです。

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 ここまでは無料でしたが、天守へ近づくには300円必要です。たったの300円。そして正面から見ると、天守も岩山の山頂部に石垣を積み、その上に建てられていることがよく分かります。さて、中に入ってみましょう。

天守内部

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 内部はお城らしい質実剛健な造り。この現存天守は江戸時代初期の建物と言われています。現存天守の中でも比較的新しいのですが、むしろ徳川幕府による管理が厳しくなった江戸時代に建てられた城というのは、それはそれで珍しいものだと思います。

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 このお城は山の上という不便な場所のあるためか、江戸時代には普段の執務には使われていなかったそうですが、板間に忽然と囲炉裏があったりします。不思議なお城ですね。

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 さて、お城らしい急な階段を上って二階に上がってみましょう。

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 一階にも増して殺風景な空間。しかしわずか二層の小さな天守とはいえ、立派な木組みでしっかり作られていることが分かります。一番奥には神様が祀ってあります。

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 眺めはどうでしょう。たった二層とはいえさすが山城、麓の高梁市街がちゃんと見通せます。現役時代はこんなに木が生い茂っていなかったでしょうし、もっと見晴らしはあったのではないかと思います。

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 天守のさらに奥にはやはり現存する建物、二重櫓があります。ただし中には入れません。

周辺探索

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 さて、天守の外に出てぐるっと周りを巡ってみましょう。

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 紅葉の時期はさぞかし綺麗だろうと思わせる緑の空間に、暑いのも忘れて癒やされます。

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 天然の地形を利用しているため、石垣の横から大木が生えていたりします。

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 二重櫓のさらに奥の方に位置する後曲輪跡には井戸があったようです。山城で大変なのは水の確保でしょうね。貴重な水源だったのだろうと思います。

 実は山道はこの奥にさらに続いており、さらに古い時代の城塞の遺跡が点在しています。備中松山城の前身となる城は、ずっと奥の大松山に建てられたのが最初だそうですが、現在は跡地には何もないそうです。体力に自信がないのでここまでにしておきました。

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 天守と二重櫓の裏の方はひっそりとしていて、自然と融合し、自然の中に戻りつつある「遺跡」感に溢れておりとても良い雰囲気でした。まさに「兵どもが夢の跡」という言葉がぴったりです。あるいは古びた手の長いロボットが出てきそう。

下山

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 さて、そろそろ下山です。来るときは山を向いて上ばかり見ていましたが、帰り道ではこの城がいかに高いところにあるかよく分かります。要所要所の石垣だけが残る遺構から、眼下の高梁市街とそこを流れる高梁川がよく見えます。

 秋の早朝には霧が一体に立ちこめることがあり、そうすると備中松山城は雲海に浮かぶまさに「天空の城」となるそうです。その景色を眺めることができる展望台も、高梁市街から車で20分くらいいくとあります。私が訪れた日も、朝は霧が立ちこめていたそうですが、さすがに日が高くなると霧は消えていましたので、展望台には行きませんでした。またいつかチャンスがあれば訪れたいと思います。

 以下の地図はPENTAX K-3 IIのGPSログ機能でとった軌跡をマッピングしました。出発地点は車を降りた城見山公園です。ポイントの間隔が荒い部分はシャトルバスで移送した部分。ごちゃっと密集している部分は2時間ほど掛けてゆっくり歩いた部分です。

 なお、ちょうど今回の旅の計画を考えていたとき、DAIKI (id:daiki_bassist) さんの以下のエントリーに出会い、そして備中松山城に俄然行く気になりました。
daiki-photo.hatenablog.jp

おまけ:岡山城

 さて、備中松山城を後にしたら岡山市街へ。本当は高梁市街地の武家屋敷通りなども見たかったし、さらには秀吉の水攻めで有名な備中高松城跡にも寄ってみたかったのですが、お昼過ぎから急激に天気が悪化してきたのと、思ったよりも備中松山城で時間を使ってしまったため、それらは次回に取っておくことに。とりあえず岡山へ急ぎます。

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 そしてこうなったら城めぐりだとばかりに、岡山城へ。

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 烏城とも呼ばれる真っ黒なお城。真っ白で白鷺城と呼ばれる姫路城の真逆をいくお城です。

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 ただし岡山城は他の多くの城趾と同様、太平洋戦争時に焼失してしまい、現在の建物は鉄筋コンクリートで戦後に再建されたものです。元の城の基礎石だけが移築されて残っています。

 それにしても明治初期の廃城令で解体された城と、戦時中に焼失した城の多いこと。本当に勿体ないことをしました。備中松山城も明治期には荒れ果てたそうですが、山の上で解体するのも面倒なので、放置されて残ったという逸話があるそうです。

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 岡山城の遺構のなかでは、この小さな二層の櫓だけが焼失を免れて現存していそうです。こちらは国指定重要文化財になっています。

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 岡山城にも金の鯱があります。格好いい!

 ということで、夕方の新幹線で岡山から神戸へ移動します。その後についてはまた後日に続きます。

 岡山城付近のGPSログ取ってみましたがあまり意味ありませんでした。旭川を挟んで日本三大名園の一つ、後楽園がありますがここも時間が無かったのでスルー。これも次回に取っておきたいと思います。

関連エントリー:焼肉の日2015の旅