酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

円朝の女

円朝の女 (文春文庫)

円朝の女 (文春文庫)

江戸から明治へ。歴史の転換期を乗り越えた、大名人と女たちの人生が深い感慨を呼ぶ傑作時代長編。生き生きとした語り口が絶品! 時代の絶頂を極め、近代落語の祖と言われた大名人・三遊亭円朝と彼を愛した五人の女。江戸から明治に変わる歴史の大転換期に生きた彼らの姿、いつの世も深く果てない男女の仲を、語りの名手がいま鮮やかに炙り出す―全盛を支えた名妓から、淋しい晩年を看取った娘分まで、女を活写する傑作時代小説。

Amazon.co.jp: 円朝の女 (文春文庫): 松井 今朝子: 本

 この小説には完全にやられました。読んでいるうちに鳥肌が立つような小説は本当に久しぶりです。もともと松井今朝子さんの名前だけで手に取ったこの本に対する期待度は相当高かったわけですが、その期待を上回るすばらしさに打ちのめされてしまいました。読んでいるそばから内容を忘れていく小説も少なくない中で(かといってつまらないわけではないのですが)、この小説は恐らくなかなか忘れることは出来ないでしょう。

 時は明治。幕末に生まれ明治にかけての落語の最盛期に、名人として頂点に立った三遊亭円朝が主人公です。松井今朝子さんといえば、歌舞伎に造詣が深いわけですが、歌舞伎役者を題材にした小説に止まらず戯作者や浮世絵師を題材に取り上げたり、とにかく江戸時代の芸能に携わった人々を描いた小説を多く書いています。そういう意味では落語家という題材にたどり着くのも必然だったのかも知れません。

 面白いことに、主人公たる三遊亭円楽の目線は一切使わず、弟子にして付き人だった八つぁんの一人語りで物語が進んでいきます。円朝も亡くなった後の時代、日露戦争の少し前、正体不明の誰かに向かって、年老いた八つぁんが円朝とそれを取り巻く五人の女性についての思い出話を語って聞かせる、という構成。この語り口調で進んでいくという構成は「吉原手引き草」に通じるものを感じます。

 この本を読み始めたとき、これは巻末の対談に登場するはずの春風亭小朝氏がプロローグも書いてるのだと勘違いしてしまいました。つまり文章は最初から最後まで噺家の口調で進むのです。最初は面食らいましたが、次第に慣れてゆき、最後は完全にその流れに飲まれてしまいました。噺家の言葉はテンポが良くて気が効いていて、ちょっとした小話が紛れていたりして面白いのです。耳で聞くのではなく、文章で読んでいてもリズムの良さが感じられます。

 そんな文体で語られ円朝と五人の女性。円朝の人生に大きな影響を与え、逆に大きく影響を受けた人々。誰もが立派で芯の通った女性でありながら、決定的に何かが欠けています。そのバランスの悪さが円朝のような芸人に惹かれる理由でもあるわけですが、その欠けた部分を補うことは、本人にも円朝にも出来ません。しかし何とかして欠けたものを手に入れようともがく五人の女性の姿が語られているのです。

 中でも一番格好良くて印象に残ったのは第一話「惜身の女」として登場するとある武家のお嬢さん。明治維新とともに瓦解した武家文化の終焉を背負ったかのような、彼女の人生はあまりにも壮絶で、円朝の最後の号泣の理由については八るぁんは何も語っていないけど、八つぁんにも、話を聞いている正体不明の誰かも、そして読者にも分かりすぎるほど分かります。

 そして残る四人の女性も負けず劣らず格好良く、とても印象的です。これらの女性の姿を語る口調(文章)には、まるで浅田次郎さんが乗り移ったんじゃないかと一瞬思ったりもしました。最後に本作の結末「円朝の娘」のなかで、とある子供の顔にその父親の面影を見つけるあたりも、何だかそんな気がしました。

 この本は本文だけでなく、巻末の松井今朝子さんと春風亭小朝さんの対談も非常に面白いです。松井今朝子さんはこの小説を描いた背景について説明をしています。それは「あぁやっぱりそう言うことか」と納得できる話ばかりなのですが、中でもこの言葉が印象に残りました。

私は時代小説をちょんまげ好きの人が読むだけのコスプレ小説だと割り切ったら、いくら需要が多いからと求められても絶対書けませんね

 そう、だから本作を始め松井今朝子さんの小説からは伝わってくるものが多いのでしょう。最近の時代小説ブームへの疑問の表れなのかもしれません。

 それに対して対談相手の春風亭小朝さんは、落語はもはやそうは言ってられない。コスプレを受け入れなくてはいけない、と仰っています。そしてとても印象的なひと言を述べています。

ここのところ僕が大事に考えているのは、日本人は何をしてきた人たちなんだ、ということ。どんな工夫をしてどんなことで楽しもうとしてきたのか。・・・ ひとつひとつの仕草はなぜこうなるのか。受け継がれてきたことは、理にかなっているわけですから。

 有形にしろ無形にしろ古いものは(敢えてシンプルに言うならば)古いことそれ自体に価値があると思います。それはもはや直接見ることの叶わない昔を映す鏡であり、それから今に至るまで一分一秒の時を刻んできた多くの人々の歴史の記録です。さらに今の時代に生きる私たちの歴史を刻み未来の世代に残していくことができるのです。そうしてた歴史の記録の積み重ねこそが「文化」なのだと。

 きっと人間がカメラを発明したのは、今、すなわち歴史を記録するためなのだろうと思います。そしてカメラが広く人々に浸透していくこと自体が「文化」でもあります。今を残すことに何の意味があるのか? そんなことを理屈で判断できる人が後にも先にもいるわけがありません。それは人間社会の本能なのでしょう。歴史と文化をもつ社会こそが「文明」なのですから。

 ...なんだか話が大幅にずれてしまいました。つまり、そんなたわいもないことを考えてしまうほど、深く心に刺さる小説だった、ということです。

 【お気に入り度:★★★★★】