酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

小夜しぐれ

小夜しぐれ (みをつくし料理帖)

小夜しぐれ (みをつくし料理帖)

季節が春から夏へと移ろい始める卯月のある日。日本橋伊勢屋の美緒がつる家を訪れ、澪の顔を見るなり泣き始めた。美緒の話によると、伊勢屋の主・九兵衛が美緒に婿をとらせるために縁談を進めているというのだ。それは、美緒が恋心を寄せる医師、源斉との縁談ではないらしい。果たして、美緒の縁談の相手とは!?―(第三話『小夜しぐれ』)。表題作の他、つる家の主・種市と亡き娘おつるの過去が明かされる『迷い蟹』、『夢宵桜』、『嘉祥』の全四話を収録。恋の行方も大きな展開を見せる、書き下ろし大好評シリーズ第五弾。

Amazon.co.jp: 小夜しぐれ (みをつくし料理帖): 高田 郁: 本

 みをつくし料理帖シリーズ、第四巻「今朝の春」に続いて第五巻を読みました。最新刊まであと一巻に追いついたと思ったら、つい先日第七巻が発行されたようです。追いつきそうで追いつきません。それはともかく、この下がり眉こと澪の物語、最近は小さな出来事の顛末に終始して、裏を流れる大きなストーリーの展開が遅いなぁと思っていたら、今作で大きな動きが見られました。いや、大きく動きそうな前兆が見られた、と言った方が正確かもしれません。

 か弱い庶民たちが一生懸命生きる姿を描いた、ただの明るくて前向きな人情物語からがらりと空気が変わって、今作はこれまでにない一風変わった展開。第一話「迷い蟹」ではつる屋の店主、種市の過去に関する重くて悲しくて暗いお話から始まり、第二話「夢宵桜」では吉原で花魁となった野江の幻を追いかけ、第三話「小夜しぐれ」ではとうとう天満一兆庵再建への大きな足がかりを見つけます。そして第四話「嘉祥」では、澪の想い人、小松原の正体と生活が突然明かされます。上に引用した紹介文で一番重要なところに触れていないのは、わざとなのでしょうか。

 澪が江戸へ出てきた目的は大坂で奉公していた天満一兆庵の再建です。それは事実上、澪の保護者となっている芳にとっても同じ。しかし江戸で生活していくうちに澪にはもう二つ大きな人生の目的ができました。一つは野江との再会。もう一つは自身の恋の成就です。これらは複雑に絡み合ってぐるぐると回っているだけで、これまで五巻かけてもほとんど一ミリも進展していません。それが一気に今作で少しずつ、いや天満一兆庵の件については非常に大きな進展があり、グイグイと引き込まれてしまいました。

 中でも澪ファンの一人としては、野江のことや天満一兆庵の再建よりも最も興味があるのは、小松原との恋の行方です。お互いの気持ちがあるのに、身分という大きな壁が立ちはだかります。それに、野江と天満一兆庵を同時に手に入れることは出きるけれども、加えて小松原も手に入れるのはかなりの難問。それが何とかなってしまうほど世の中は甘くありませんが、何しろこれは小説の中の「世の中」です。きっとどうにかなるだろうと思います。いや、小説だからこそどんでん返しが待っているのかも。惰性で読みつづけるのではなくて久々に先が楽しみになってきました。

 ところで今回も芳の格好良さにちょっと惚れる出来事がありました。怒りに我を忘れた種市の姿に怯えるふきに向かって、慰めの言葉をかけるかと思いきや「もういい歳なんだから、怖がっていれば誰かが守ってくれると思うな。人にはいろんな姿があることをそろそろ知っておきなさい。」みたいな言葉で諭します。弱くて一途な女性としての澪、それよりもさらに弱くてか弱い少女としてふきを描いてきた流れからすると意外でもあります。全体としていかにも小説っぽさがあるなかで、こういう細かいところでリアリティを感じさせるところにも、ちょっと引き込まれます。

 もう一つ面白かったのが、小松原と義弟の弥三郎の会話。大人の男同士、それも侍同士。その間合いや空気感がなかなか上手く書けていると当初は感じた一方で、そのうちやっぱりキャピキャピしすぎかも?と、思い直しました。でも面白くてその部分は気に入りました。謎の小松原の素顔としてはかなり意外ではありますが、そうは言っても誰しも普通の人間なんだな... とか、真面目なことを考えてしまいました。

 さて、続きを読まなくては(A^^;
 【お気に入り度:★★★☆☆】