四文屋

投稿者: | 2012年12月14日

四文屋―並木拍子郎種取帳 (ハルキ文庫 ま 9-5 時代小説文庫)

四文屋―並木拍子郎種取帳 (ハルキ文庫 ま 9-5 時代小説文庫)

トンボ返りの名人が坂東三津五郎の舞台で大失態を演じてしまう。その理由とは・・・・・・(「蔦と幹」)。頼母子講に絡んだいやがらせ事件の裏には・・・・・・(「頼もしい男」)。二枚目で生意気な人気役者が、茶店の娘に惚れてしまい・・・・・・(「惚れた弱み」)。人気狂言作者並木五瓶の弟子・拍子郎は、遭遇する様々な事件の真相を次々と明らかにしていく―――。

 「並木拍子郎種取帳」シリーズの第四巻。少し前に第二巻からまとめて三冊大人買いしてからコツコツ読んできたのですが、これでようやく最新刊に追いつきました。このシリーズは雑誌連載をまとめたものですが、ハードカバーを経ずにいきなり文庫化されているようです。松井今朝子作品にしては珍しいのではないかと思います。

 松井作品となれば舞台はもちろん江戸の芝居町です。しかし主人公は町方役人の家に生まれた次男坊、拍子郎。つまり武士の端くれ。彼は家を飛び出し、上方から来た狂言作者、並木五瓶へ弟子入りしているという、ちょっと変わった設定です。そこに料理屋の一人娘、おあさが絡んだりして、物語の中の人間模様は複雑怪奇です。それだけに面白いわけですが。

 考えてみればこのシリーズでは、芝居に絡む様々な出来事が中心でありつつ、基本は事件の謎解きをする捕物でもあり、そして当時の食文化についても折に触れて登場するなど、実に内容盛りだくさんです。これまで三巻を読んでいる間にはあまり気付かなかったのですが、特に当時の料理、上方と江戸の違いなどについては、この物語のなかでかなり重要な一つのテーマになっていることに気付きました。

 今作の表題になっている「四文屋」とは当時の庶民向けの屋台を指していたそうで、メニュー単価が四文均一だったことに由来するとか。特に人気があったのが天ぷら屋だったそうです。天ぷらは江戸で流行始めた当時の最新の食べ物。料理屋で高級料理として出てくる一方で、四文屋では串に食材を刺してサッと揚げて、サッと食べて四文払っておしまい、というファーストフードでもありました。

 その天ぷらも四文屋と、料理屋では食材はもちろん油の質からしてがまったく違うわけで、そう言う細かいエピソードがストーリーの端々に挟まれていて、それらは決して事件の解決に重要なことではないのですが、そこに描かれている江戸の街と人々の姿に厚みと奥行きを与えています。

 一日歩き続けてお腹を減らした拍子郎が、夜の辻に四文屋を見つけてちょいと天ぷらをつまむことにして、一本で十分なのにひょんなことで二本食べることになり、それはそれで腹はふくれて満足したけれど、あとで油にやられてお腹の具合を悪くしてしまった… それを聞いて料理屋の娘である”おあさ”は、あんなものが良く食えるねぇ、と四文屋を馬鹿にする… なんて流れはどうでも良いエピソードですが、いかにもありそうな普通の掛け合いで、見たこともない遙か昔を舞台にしてるとは言え、拍子郎の生活感がとてもリアルに感じられるのです。こういった瞬間が時代小説の面白いところでもあります。

 ですが、今作で一番良かったのは第二話の「頼もしい男」でした。江戸の長屋に暮らすような庶民達は宵越しの銭を持たずに貧乏をしていましたが、地域の共同体には様々なセーフティネットがありました。金融もその一つ。知恵を出し合って非常に柔軟で効率的、かつ効果的なミニ銀行組織があったそうです。しかしお金が絡むところには事件と諍いが起こるものです。それは金持ちでも貧乏人でも同じこと。この第二話はそんなお金にまつわる事件の話です。
 お金に関して「頼もしい男」って、とても格好良さそうですが、もちろん松井今朝子さんにかかればそんなに一筋縄ではいきません。本当に心底格好いいのです。

 さて最後に、このシリーズを読んでいて気になるのは拍子郎の将来です。三巻の「三世相」を読み終えて、次あたりで決断かな?と思っていたのですが、結局のところ拍子郎は優柔不断でウジウジ考えるばかりでなかなか進みません。このシリーズが仮に十巻まで行くとして、その最後で決着を付けるつもりなのかも。だとしたらこのイライラはまだしばらく続きそうです。

 でも、珍しくも松井さんが描く、若い普通の男と女の駆け引きもなかなか読み応えがあって面白いので、このままでいて欲しいような気もしてきます。

 【お気に入り度:★★★☆☆】