酔人日月抄

東京下町に暮らす写真とPENTAXとスキーと時代小説とお酒とプジョーを愛するある男の日常

江戸の女子力

江戸の女子力―大奥猛女列伝 (新潮文庫)

江戸の女子力―大奥猛女列伝 (新潮文庫)

江戸時代の女たちは、か弱く不自由な存在だった、というのは間違い!殊に将軍家や大名家に勤める奥女中たちは、金銭的にも性的にも自立し、身分を越えた大出世も夢ではなかった。奔放に性を愉しむ藩主の生母、本寿院。老中も擦り寄った大奥の権力者、姉小路。奥勤めで鍛えた知性で夫を負かすインテリ妻、川路高子など、江戸の史料が伝える逞しい女たちの実像。

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 元々は「江戸の女の底力」という表題だったそうですが、文庫化に当たってより今風なタイトルに変えられたようです。その罠にまんまとはまり、思わずタイトル買いしてしまいました。「大奥猛女列伝」という副題もそうですが、帯にもかなり刺激的な言葉が並んでいます。全体的にコミカルな雰囲気に包まれていて、何か独自の視点で、歴史に対する"とんでも異説"をおもしろおかしく唱えている本であるかのような先入観を誘いますが、実際に読んでみると、様々な史料をベースにして、真面目に江戸時代の女性の生態を解き明かすノンフィクション的な本でした。

 とはいえ堅苦しい論文や解説書のようなものではなく、一般読者の野次馬根性につけいるような興味を引く面白いエピソードが色々と取り上げられています。それが単なるおもしろ本で終わっていないのは、それぞれのエピソードの背景、つまり当時の武家社会の文化や風習について深い考察がなされているためかと思われます。大奥とはそもそも何なのか?どうのような仕組みで運営されていたのか?そんな人達がいて、何がそこで行われていたのか?

 ともすれば、男社会が男の都合で生み出した、女だけのいびつで不健全で閉ざされた組織と思いがちですが、この本から読み取れる大奥はそうではありません。かといって華美にふける空しくも美しい夢の世界でもありません。そこには生身の人間による普通の生活が存在していました。

 それにしても何より驚くのは、引用されている様々な史料の存在です。史料ベースとなると勢い幕末の話が多くなるわけですが、明治期に編纂された大奥にまつわる史料には、実際に大奥勤めしていた女性達のインタビューをまとめたものがあるというのです。考えてみればもちろん不思議なことではありません。明治期に生きた多くの人は、江戸時代を知っている人々だったわけですから。

 それこそ篤姫や和宮などに仕え、江戸城の最深部から幕末を見ていた女性達の証言。その生の声の一部をこの本で読むことが出来ます。明治初期には目撃者や経験者が多数いたにも関わらず、大奥については決定的に"記録"が不足しており、歴代の役職者の名前からその組織構成も未だはっきりせず、謎が多いそうです。なぜ彼女たちは何も語らず、何も残さなかったのでしょうか?

 ということで、いろいろな面でとても面白い本なのですが、読み進めるのにとても時間がかかってしまいました。それは内容が盛りだくさんなせいに違いありません。ここに登場する多くの女性達の中でも、一番印象に残ったのは、やはり後半で多くのページを割いて取り上げられている川路高子という幕末の女性の生き様です。以前読んだ、山本周五郎の「小説 日本婦道記」の一話目に出てくる女主人の話を思い出してしまいました。いや、日本婦道記に出てくる11人の逞しくも、賢くて美しい女性達は、実際に日本に実在したということを、この本を読んで確信しました。

 【お気に入り度:★★★☆☆】